妻の恋文

梅春

第1話

 その男について、私は何も知らない。

知っているのは、男の名前と住所だけだ。男は本州の端っこの小さな町に住んでいる。私の暮らす東京とはかなり離れた町だ。

「お客さん、こっちの人じゃないね。言葉がきれいじゃもん」

「東京です」

「東京? そんな遠くから? 何かこっちに縁でもあるんかね?」

「妻の実家が、こっちで」

「そうかね。それは遠くから難儀なことじゃったね」

田舎には敬語が存在しないのか。運転手は明らかに年下なのに、親戚の子供に話すみたいな口調で話しかけてくる。

しかし、不思議なことに腹は立たないのだった。

飯島治は昨日七十一歳になった。一人で迎える最初の誕生日だったが、何の感慨も浮かばなかった。寂しくも悲しくも、もちろんうれしくもない。

ただ、毎回誕生日を祝ってくれた妻、薫の不在を改めて感じるのだった。

妻の薫は同じ年だが、自分より二か月ほど早く年をとった。それをとても嫌がっていたから、毎年、治の誕生日をとても喜んでくれた。

薫は、二か月前に亡くなった。脳溢血だった。夕方、治が散歩から帰ると、妻はキッチンで倒れていた。

夕餉の支度の途中に倒れたらしかった。妻はいつもと変わらない、穏やかな顔をしていた。

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