第15話 初めての友達 3
数分して厨房に戻ってきて初めに気付いたのは、黒い煙。そして少し遅れて焦げ付いた臭いが鼻を突いた。
「こ、これは――?」
その発生源であるフライパンの前で、ルーリが呆然とした様子で佇んでいた。私の声に反応してものすごく申し訳なさそうな顔をこちらに向ける。
「ソフィア……ごめん……」
「あらら……」
私が覗き込んだフライパンの中にあったのは、ところどころ茶や黒に焦げてしまった肉と野菜で、人参がフライパンに張り付いてしまっている。
「私、『しんなり』ってどれくらいか分からなくて、あと急に油が酷い音を立て始めて、それで……」
「そういえば確かに、言葉の意味までは教えられてなかったかも……。あと多分、中熱じゃなくて強熱で炒めちゃったんだね。だから焦げちゃったのか」
これは単語や表現の認識を合わせられないまま流れ作業で教えてしまったことが原因だし、何より初心者からいきなり目を離してしまったのがいけなかった。その非は完全に私にある。料理を焦がしてしまった罪悪感に俯いてしまっているルーリには本当に悪いことをしてしまった。
「ルーリ、ごめんね? 私がちゃんと最後まで側にいられなくって……」
しかし、ルーリは首をプルプルと横に振って私の言葉を遮った。
「これは私のせい。お手本も見せてもらっていたのに。それに不安な点があったんだから、ソフィアが厨房を離れる前にちゃんと聞いておくべきだった……」
先程までの目の中の輝きは失せて、ルーリはシュンとした様子でフライパンに目を落とした。
――料理は誰もが当たり前のようにやっているように見えるけど、実際は覚えることもやることも多く、難しいものだと私は思う。
前の世界でも料理し初めのうちに色々と挑戦して失敗してしまい、そのまま苦手意識を持ってしまう人も多いと聞いたことがある。ただ、最初から料理が上手い人なんてそうそういない。私だって幾度となく食材を焦がしたし、味付けに失敗してきた。それでも、そんな中で私が挫折せずに料理が続けられたのには理由があった。
「――うんっ、味付けは間違ってないよ」
「――……え?」
フライパンの上から焦げの少ないキャベツ摘まんで食べて、私はそう口にした。今度はお肉を摘まむ。こちらも大丈夫そうだ。
「ちゃんと美味しいよ!」
「え、えぇ――っ!?」
私がそのフライパンの上の肉野菜炒めを食べているのだと数瞬遅れて気が付いたルーリは、あたふたと慌てて私の身体を取り押さえる。
「ソ、ソフィア!? 駄目、体に良くない……!」
「えー? でも、ルーリが初めて作ったお料理だよ? このまま捨てちゃうのがもったいないよ」
「そ、それでも……こんなに焦げて黒くて、絶対不味いのに……」
「うーん確かに、焦げは苦いし見た目もあまり良くないけど――」
「ぅう……そ、それなら――」そう言いかけて、ルーリはその目を潤ませ伏せてしまう。
失敗してしまい、どうしようもなく自分を責めて、誰にも見られたくないと思って料理をそのまま捨てようとしてしまう。
(そんな頃が、確か私にもあったな……)
今のルーリの姿に幼少の頃の自分の姿が重なった。私も習い立ての頃には多くの失敗をしてきたのだ。それでも私が挫折をせずに挑戦して、また失敗をして、それでも何度でも料理を続けてこられたのは――
「――でもね、ルーリががんばった味がするよ」
「え……?」
私が初めて料理をしたのは、まだ小学生の低学年のころ。母の日にママへお昼ご飯を作ってあげようとパパに協力してもらって料理をしたのだが、当時甘いものが大好きだった私はパパの目を盗んでお砂糖やらチョコレートやらをいっぱい入れてしまったのだ。
――結果はもちろん大惨事。
味見をしてとても食べられたものじゃないと分かってしまった私は大泣きした。でもそんな不味いのが分かり切った料理を、ママは全部知った上で一口食べて、『ソフィアががんばった味がするね』と言ってくれたのだ。目一杯の愛情が私の料理を受け止めて、支えてくれた。
「私もね、昔はいっぱい失敗したよ。でもそういう時にはね、決まってパ――お父さんとお母さんが『このがんばった味がどんどん美味しい味になっていくんだよ』って言ってくれたんだ」
「――がんばった味……」
「そう。だから何度だって失敗してもいいんだよ。そうやって積み重ねて少しずつ美味しくしていくの」
「失敗しても……いいの?」
「もちろん! これから挑戦する度に料理は美味しくなっていくはずだよ! だから、これからルーリが作る度に食べて教えてあげるね!」
「で、でもそれじゃあ、ソフィアばっかり大変になっちゃう……」
「ぜんぜん! ぜんぜん大変なんかじゃないよ。だって私たち友達でしょ?」
「と、友達……?」
「そうだよ、友達! だからルーリのためならいくらだってがんばれるよ!」
そう言うと、急にルーリが面食らったように目を見開いた。私の言葉に衝撃を受けたようだったが、もしかして何か変なことを言ってしまったかなと少し考えてしまう。しかしそれはただの心配のし過ぎだったようだ。ルーリはモジモジと恥ずかしそうにして目線を泳がせながら口を開く。
「わ、私……友達ってできたの、初めて……」
「えっ!? そ、そうだったんだ……」
今までに友達ができたことがないっていうのは私にはあまり想像ができないことだったけれど、しかしそこでルーリのあまり一般的・庶民的とは言えないお嬢様的な感覚を思い出す。もしかすると本当に箱入りで育てられたのだとしたら、そういうこともあるのかもしれない。
「ねぇ。 私とソフィアはいつ、どうやって友達になれたの……?」
ルーリはそんな質問を、本当にわからないといったキョトンとした表情で私に問いかける。
「いつ、どうやって、かぁ……。そんなに深く考えたことはないけど……」
「……ないの?」
「う、うーん……」
難しい質問だった。少なくとも私は考えて友達を作ったことはなかったから。腕を組んで考えてみるもののサッパリだったので、私は自分の今考えていることをそのまま口にする。
「確かにどうやって友達になれたとかは考えたことがないかな……。でも朝におはようって言って、何でもない時にお喋りをして、そうやって一緒にいて楽しかったらもう友達じゃないかなぁと私は思うよ」
「そう、なの……?」
「うん。少なくとも私はそう思うかな。それでね、私はルーリと一緒にお喋りしてて今すごく楽しいよ!」
だからルーリは私の友達なんだ、とルーリの手を取った。先程までシュンとしていたルーリの表情が少しずつ緩んでいくのが分かる。
「友達って、すごい……」
「――そういえばね。友達ってスパイスと似てるって、昔お父さんが言ってたの」
「友達が、スパイス……?」
「うん。いなくても生きていけるけど、その人生はきっと味気ないだろうって。スパイスだってそうでしょ? 入れなくても料理は作れるけど、一味足りなくなっちゃう。『友達は人生の最高のスパイスなんだ』って」
「人生の、スパイス……」
ルーリが私の言った言葉を口の中で転がし、私が取った手を優しく握り返した。
「……ありがとう」
「え? うん、どういたしまして?」
何に対してのお礼だったのかイマイチよく分からなかったけど、とりあえずそう答える。ただそう感謝を告げたルーリの顔からは、さっき料理に失敗して沈んでいた表情はすっかり消えていた。
「ねぇ、ソフィア。もう1回、野菜炒めをやってみていい?」
「――うん! もちろんいいよ! 一緒にがんばろうね!」
再びやる気を目に灯したルーリに付き添って、再び厨房へと並び立った。真剣な面持ちで料理に取り組むその姿がとても健気で、応援したくなる気持ちで心がいっぱいになる。山で出会ってから今日までの短い期間で、ルーリはとても変わった。基本が無表情なのは変わりないけど、それでも感情が表に出やすくなってきて年相応の女の子らしさが出てきたように感じる。
(それに何より――)
「ソフィア! できた!」
ルーリはツヤツヤで綺麗に仕上がった肉野菜炒めを私に見せてくる。
(――この笑顔!)
そんな満面の笑みを見せてくれるようになったことがとても嬉しくて、私の頬はどうしようもなく緩んでしまうのだった。
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