喫茶 夢幻亭【1:2:1】30分程度

嵩祢茅英(かさねちえ)

喫茶 夢幻亭【1:2:1】30分程度

男1人、女2人、不問1人

30分程度


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「喫茶 夢幻亭」

作者:嵩祢茅英(@chie_kasane)

マスター:不問:

桜木、女B、女D:♀:

村田、男A、男E:♂:

山本、女C:♀:

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マスター「『夢』とは、睡眠中に脳が、過去に見聞きした情報を整理し、記憶の倉庫から引き出したり、まとめたりする作業を行っていて、その過程を脳内で再生している状態だと言われています。

えぇ、これは間違いではありません。

ですが、夢の中で自分の思いを吐き出す事で、夢から醒めた時に気持ちの整理がつく、なんて事もあるのですよ。

ここは喫茶『夢幻亭むげんてい』。悩みを持った方が訪れ、思い思いに話をしていく。…現実では語れない事もね…さぁ、今宵はどのようなお客様がいらっしゃるのでしょうか…」


(間)


桜木「〜桜木千絵さくらぎちえの場合〜」


桜木「…あれ、私、なんで喫茶店になんかいるんだろう…」


マスター「お客様、カウンターへどうぞ」


桜木「あっ、はい。ありがとうございます…」


マスター「ご注文がお決まりになりましたら、お声を掛けてください」


桜木「あっ、はい。えぇっと…うーん…あっ、すみません」


マスター「はい」


桜木「カフェラテ、ホットでお願いします」


マスター「かしこまりました」


桜木「ええっと…何をするんだったっけ……あ、そうだ、今日は半休を取ってこれから家に帰る所…だったような…」


マスター「お待たせ致しました。カフェラテでございます」


桜木「あっ、ありがとうございます!ふー、ふー、ごくり。ん!美味しい!」


マスター「ふふっ、そう言って頂けて光栄です」


桜木「こんな喫茶店があっただなんて、初めて知りました。いつもはチェーン店に行ってばかりで…」


マスター「そうでしたか」


桜木「喫茶店もいいですね。特にこのお店、なんだか落ち着きます」


マスター「それはそれは、ありがとうございます」


桜木「アンティークな雰囲気ですけど、いつからやっているんですか?」


マスター「ふふっ、ずーっと昔。貴女が生まれる遥か前からやっているのですよ」


桜木「そうなんですね!由緒正しきカフェ!なーんて!」


マスター「それは宜しいですね」


桜木「あっ、なんか初めてなのに、はしゃいでしまってすみません…」


マスター「いいえ、お客様と話す事がわたくしの唯一の楽しみですから」


桜木「そうなんですね」


マスター「それで、何かお困り事でも?」


桜木「え?」


マスター「困り事、悩み事…そんなものを抱えた方がいらっしゃる店なのですよ、ここは」


桜木「…え、それってどういう意味ですか?」


マスター「言葉のままの意味です」


桜木「えっと…」


マスター「ここは、『夢』ですから」


桜木「…夢?」


マスター「はい。ですから、なんでもお話になって良いのですよ」


桜木「夢…夢。…夢かぁ…」


マスター「それで、お客様がお話したい事とは、どんなものなのでしょう?」


桜木「話したい事……私、母を病気で亡くしたんです」


マスター「ほぅ、それはお辛かったでしょう」


桜木「いいえ…あ、いや、辛くなかった訳ではないんです…ただ…」


マスター「ただ?」


桜木「泣けなかったんです」


マスター「ほぅ?」


桜木「看取みとった時も、葬儀の時も、私、泣けなかったんです」


マスター「実感が沸かなかったのかもしれませんね」


桜木「はい。それもあると思います」


マスター「他に何か?」


桜木「…母の余命は、春まで持たないとお医者さまに言われていました。持って1月までだと」


マスター「ふむ」


桜木「母は入院していて、私はたまにしか見舞いに行けなくて。明るかった母が病で辛そうにしているのを見ているのが、辛かったんです」


マスター「もっと見舞いに行ければ良かったと?」


桜木「それもあります…最後に見舞いに行った時、母は『死にたい』と呟きました。私、聞こえないフリをして、その場をやり過ごしたんです」


マスター「…」


桜木「あんなに明るかった母の口から『死にたい』なんて…そりゃあ苦しんで生き続けるよりも、楽に死ねた方がいいと、私も思います。けれど…私は何も答えられなかった」


マスター「ご自身の考えでも、それを身内に当てはめて考えられる人は、なかなかおりませんよ」


桜木「そう…ですよね…」


マスター「えぇ。貴女は立派にお母さまを看取った。それすら叶わない人もいるのですから」


桜木「…ほんと…そうですね」


マスター「まだ、何か言い足りなさそうですね?」


桜木「あ、えぇ…通勤途中の家に、季節外れの桜が咲いていたんです」


マスター「ほぅ、真冬にですか?」


桜木「はい。桜は母の好きな花でした。春まで生きれない母に桜を見せたくて…でも知らない家ですし、桜は弱い植物だと聞いた事があります。なので手折たおって一枝ひとえだくださいって言う勇気が無くて…季節外れに咲いた桜…あれはきっと、母に見せるために咲いたものなんだと思ったんです。それなのに私は何も出来なかった…いいえ、何もしなかったんです…」


マスター「それで後悔しているのですね」


桜木「…はい」


マスター「貴女は、お母さまにも、桜にもお優しい方なのですね」


桜木「そんな…何もできなかった意気地なしです」


マスター「思いやりのお強い方だと、思いますよ」


桜木「………」


村田→男A「すみません、お隣、いいですか?」


桜木「あっ、はい、どうぞ!」


村田→男A「お話中すみません。聞き耳を立てるつもりは無かったのですが…」


桜木「あっ、こちらこそ、うるさくしてすみません」


村田→男A「いいえ、謝らないでください。実は私も、父を亡くしたんです」


桜木「えっ、そうだったんですか」


村田→男A「はい、私は父と暮らすのが苦痛で、実家から逃げ出したんです。父は孤独死でした。なので最後を看取みとった貴女が羨ましくて…なんてこんな言葉を使っては失礼ですね」


桜木「い、いえ、そんな!」


マスター「お二人とも親御さんを大切に思っておられたのですね。きっと、そんな貴方達のことを、誇りに思っておられると思いますよ」


桜木「…そうだといいんですが…そうですね………そうだと、いいな…」


マスター「すっかりお顔が晴れましたね」


桜木「はい、なんだか胸のつかえが取れた気がします!」


マスター「ふふふ、それは良かった」


桜木「これから、母の好きだった花を、お墓に供えに行ってこようと思います!」


マスター「ええ、それが宜しいかと」


村田→男A「お気をつけて」


桜木「はい!あの、色々ありがとうございました!」


(間)


桜木「ふぁー…なんだか今日は目覚めがいい感じ!いい事あるかなぁ。

そうだ、今週末は久しぶりに、お母さんのお墓参りにでも行こうかな!お母さんの好きだった花を、たくさん持って」


(間)


村田「〜村田晃樹むらたこうきの場合〜」


村田「すみません、お隣、いいですか?」


桜木→女B「あっ、はい、どうぞ!」


村田「聞き耳を立てるつもりは無かったのですが…お母さまを亡くされたのですね」


桜木→女B「はい…あっ、うるさくしてすみません」


村田「いいえ、謝らないでください。実は私も、父を亡くしたんです」


桜木→女B「えっ、そうだったんですか」


村田「はい、私は父と暮らすのが苦痛で、実家から逃げ出したんです。父は孤独死でした。なので最後を看取みとった貴女が羨ましくて…なんてこんな言葉を使っては失礼ですね」


桜木→女B「い、いえ、そんな!」


マスター「お二人とも親御さんを大切に思っておられたのですね。きっと、そんな貴方達のことを、誇りに思っておられると思いますよ」


村田「誇りに、かぁ…」


桜木→女B「これから、母の好きだった花を、お墓に供えに行ってこようと思います!」


マスター「ええ、それが宜しいかと」


村田「お気をつけて」


桜木→女B「はい!あの、色々ありがとうございました!」


村田「すっかり晴れた顔をしてる。良かった」


マスター「…では、お次は貴方様のお話を、お聞かせください」


村田「なに、つまらない話だよ」


マスター「それでも話に入ってきた。つまりは、そういう事でしょう?」


村田「マスターも人が悪いなぁ」


マスター「出過ぎた真似をしたのであれば、謝ります」


村田「いいや、その通りだ。うちの父は、普段は常識のある尊敬できる人だった。けれど酒が入ると人が変わったように暴れる人でね。一度飲みに出ると数日帰ってこない、なんて事はザラにあった。」


マスター「お酒は人を狂わせる、と言いますからね」


村田「本当にその通りだよ。やっと帰って来たと思えば、真冬でも玄関で寝始める。放っておいて死なれでもしたら後味が悪い。必死に部屋まで運んで寝かせたりもした。」


マスター「それは大変でしたね」


村田「こんなのはまだいい方さ。意識があれば、ああしろこうしろうるさくて。殴られた事もある」


マスター「それはそれは…」


村田「そんな生活に耐えられなくて家を出たんだ」


マスター「親御さんのお許しは、得られたのですか?」


村田「母はとっくに居なかったから、有無を言わさず出てきたようなもんだ。それから三ヶ月して叔母おばから電話がかかってきた」


マスター「ほぅ」


村田「父親が部屋で死んでた、ってね。発見されたのは死後二日後…呆気ない最後だったよ」


マスター「肉親の死は堪えるものです」


村田「あぁ。あんなに嫌だった親父が死んで、二日もそのままで放置されてたなんて…それは俺のせいだ。一緒に住んでいれば看取ってやれたかもしれない。いや、それどころか、もっと長生きする事だってできたかもしれない」


マスター「そうでしたか…」


村田「孤独死だと警察署に死体は移される。そこで面会した親父は、酔ってあちこちぶつけたのかあざだらけでなぁ…なんでだろうな、死んだ人間って、小さく見えるんだ。暴力的であれほど威圧的だった親父がちっぽけに見えて…一人で死なせちまった事、後悔したよ」


マスター「それで、どうしたのですか?」


村田「父親の知り合いの葬儀場そうぎじょうで、簡単に葬儀を済ませた。残ったのは俺だけ」


マスター「お一人では抱えきれなかったのですね」


村田「そうかもしれないなぁ…1人になって、葬儀のための休みを取るために上司に電話をしたら、『可哀想』だってよ」


マスター「それは…」


村田「いい大人が頭大丈夫か?って思ったよ…常識外れの上司を持つと苦労する」


山本→女C「ほんっと、あの上司使えない!だから本社からこっちに飛ばされたんだよ!」


村田「ほら、向こうでも似たような話をしてる。ザラにある話だよ」


マスター「ザラにある、というのも考えものですが…」


村田「そうだなぁ…いつまでも落ち込んではいられない。早く出世して、俺が『いい上司』ってもんになってやらなきゃいけないよなぁ」


マスター「ふふっ、やる気が出てきたみたいですね」


村田「あぁ、こんな話、長々と話して悪かったな…こんな事話したのは、初めてだよ」


マスター「いいんですよ。すっかりコーヒーが冷めてしまったようですね。おかわりはいかがですか?」


村田「ありがとう、もらうよ」


マスター「夢が覚めたら、きっといい朝が待っていますよ」


村田「…夢?」


マスター「ふふっ、はい。夢、です」


(間)


村田「ん、もう朝か…なんだか頭がスッキリしてる気がする…今日は仕事、頑張れそうだな!よし、頑張るぞぉ、俺!」


(間)


山本「〜山本美樹やまもとみきの場合〜」



山本「ほんっと、あの上司使えない!だから本社からこっちに飛ばされたんだよ!

絶対、あの店辞めてやるんだからー!!」


マスター「随分と話に花が咲いておられますね。コーヒーのおかわりはいかがですか?」


山本「あっ、お願いします!」


桜木→女D「私も!」


マスター「はい、ではカップを失礼…」


山本「あーあ、マスターみたいな上司だったら良かったのに!」


マスター「おや、それは身に余る光栄です」


山本「マスターって怒ったりしないんですか?」


マスター「そうですねぇ…滅多な事では怒りませんねぇ」


山本「できた大人だわ〜」


マスター「ふふっ、そうでしょうか?」


山本「そうだよ!うちの上司なんてコーヒーのカップ倒して人のバッグ汚しても謝りもしないんだよ?!ありえなくない?!」


マスター「それはひどい話ですねぇ」


山本「ほんっと、嫌になっちゃう!」


マスター「それで転職をお考えですか?」


山本「あっやだ、聞こえてた?」


マスター「ええ、随分と盛り上がっておられましたから」


山本「仕事自体は好きなの。服の販売をやってて、お客様と話をしたり、他のスタッフとコーディネートを考えたり。だから、不満があるのは、上司だけ」


桜木→女D「美樹はうまくかわせないから、余計だよね〜」


山本「どうせ正面から向かっていくしか脳が無いですよーだ。ゴマスリとかしたくないの!」


桜木→女D「まぁ、そこが美樹のいい所でもあるんだけどさ。この前のはほんとすごかったぁ」


山本「あぁ、あれね…」


マスター「何か、なされたのですか?」


山本「上司に、『なんでここに自分が配属されたか分かってますか?使えないから本社から追い出されたんですよ』って言ってやった」


マスター「おや、それでどうなったのでしょう」


山本「何も言い返してこなかったよ、鳩が豆鉄砲まめでっぽう食らったような顔してた」


桜木→女D「笑いを堪えるの必死だったんだから」


マスター「随分と肝が座っておいでで」


山本「こっちも鬱憤うっぷんがたまってたんだもん、何回もバッグ汚されて。恨みでもあるのかー!って思ってさ」


マスター「そうだったのですね。それは致し方がないと、言っていいものかどうか…」


山本「いいの!これでも言い足りないくらいだもん!」


桜木→女D「でも今のお店で美樹と出会えた事、感謝してる」


山本「やだー!嬉しい!私も!!」


マスター「お二人は仲がお宜しいようですね」


山本「うん!色々気が合って」


桜木→女D「好みが似てるんだよね」


山本「だから休日合わせて出かけたりしてるの」


マスター「そうでしたか、それは良い出会いでしたね」


山本「ところで…マスターは、なんで喫茶店をやってるの?」


マスター「話せば長くなりますが…一言で言えば『お客様と話をするのが好き』だからですかね」


山本「じゃあ私と一緒だ!」


マスター「ふふっ、そうかもしれません」


山本「仕事ってさ、給料とか仕事内容とか色々あるけど、やっぱり人間関係が上手くいかないと続かないって、そう思うの」


マスター「えぇ、分かります」


山本「スタッフがギクシャクしてたら、お店の雰囲気も悪くなっちゃうし…だから!転職する!」


桜木→女D「私も一緒に転職しようかなぁ」


山本「え!そうしよ!同じ所で働こうよ!!」


マスター「理想の職場が見つかると宜しいですね」


山本「うん、ありがとう、マスター」


村田→男E「転職ですか?頑張ってください!」


山本「えっ、ありがとうございます!」


村田→男E「俺、四月から社会人になるんですよ…それでつい、声、かけちゃいました」


山本「そうなんですね!おめでとうございます!辛い事もあるけど、楽しい事もたくさんあるから!楽しい事を見つけてください!」


村田→男E「はい!でも服の販売って憧れます!なんかかっこいいですよね!オシャレ最先端!って感じで!!」


山本「あははっ!でも、私も憧れて入った業種なんです。だから、仕事は楽しい!仕事は…ね」


村田→男E「やっぱり…色々あるもんなんですね…」


山本「まぁ、そこはどんな仕事でもそうじゃないかと。ちなみにどう言ったお仕事をされるんですか?」


村田→男E「システムエンジニアです」


山本「えっ!すごい!」


村田→男E「いやぁ、すごくはないです。パソコンいじるのが好きで、こうなりました」


山本「でもお給料いいってイメージありますよ!」


村田→男E「確かに。それにあまり人と会話しなくて済むかなーって」


山本「そうなんですか?人と喋るの得意そうなのに…」


村田→男E「いやぁ、今のは本当に勢いで…」


山本「ふふふっ、そうだったんですね。お仕事、上手くいく事を願ってます」


村田→男E「ありがとうございます!!俺も、転職、上手くいくように願ってますね!」


山本「あはは!ありがとう!」


マスター「皆さま、現実で良い結果を出せますよ。ここは、そういう場所ですから」


山本「え?現実?」


(間)


山本「ん、もう朝かぁ…まだ仕事までに時間はある…なんだかいい気分!天気もいいし、珍しく散歩でもしよっかな!」


(間)


マスター「いかがでしたか?このように、『夢』での出来事が現実に作用さようする事も多々あるのです。貴方も困り事や悩み事があれば、喫茶『夢幻亭むげんてい』にお越しになってください。いつでも、心よりお待ち申し上げております」

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喫茶 夢幻亭【1:2:1】30分程度 嵩祢茅英(かさねちえ) @chielilly

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