昔語り【1:1:0】10分程度

嵩祢茅英(かさねちえ)

昔語り【1:1:0】10分程度

男1人、女1人

10分程度


----------

「昔語り」

作者:嵩祢茅英(@chie_kasane)

男♂:

女♀:

----------




なぁ、覚えてるか?初デート。俺、お前にカッコつけたくて、でも失敗ばかりして…


ええ、もちろん覚えてるわ。ソフトクリームを地面に落としちゃって。


お前をベンチに待たせて2人分のソフトクリームを買って、なんて、ベタな事をやったけど、つまづいて落っことしちゃってさ、とても恥ずかしかったよ。


ふふっ、あなたらしいわ。


あんな昔の事、よく覚えてるなぁ…恥をかいたせいかな…


いいじゃない。あなたの優しさを今知ってるから。

ふふっ、でもあれは可笑おかしくて、なんだかずっと覚えてる。


それからたくさんデートも行ったよな。お前が好きな水族館。

帰りに海辺で話をしたっけ。


取りたての免許で、近隣の水族館は全部連れて行ってくれたわよね。

ゆらゆら泳ぐ魚たちにとても癒されたわ。

あなたは泳いでいる魚を見ては『美味しそうだ』なんて言って…


海の近くにはたくさん海鮮の美味しい店があって、色々調べて行ったなぁ。

あの頃は車を運転するのがかっこいいと思っていて、お前を色んなところへ連れ回したっけ。


あなたとなら、どこにいても幸せよ。


仕事が忙しくなって、なかなか遠出出来なくなって…もっと行きたいところ、たくさんあったのになぁ…


仕方がないわ。あなたはよく働いて、それはとても立派な事よ。


同棲して、家具やなんやを揃えるのもお前に任せっぱなしで…


いいのよ。そういうの、選ぶのが好きなの。負担とは思わなかったわ。


お前の作る料理が美味しくて、ついつい食べすぎてなぁ。


太ったって言って慌てて体重計を買ったわよね。


お前の作る炊き込みご飯が絶品でなぁ…また食べたいなぁ…


料理を教えようとしてもあなたは全然聞いてくれないから、なにも出来ないままなのが心配だわ。


結婚して、家を建てられるようになるまでがむしゃらに働いて。

その間、構ってやれなかった事を今になって後悔してるよ。


そんな事気にしないの。家を建てるなんて並々ならない努力の賜物たまものよ。


それでプロポーズして…

夜景の綺麗なレストランを予約してさ。


ええ、覚えているわ。私、とても嬉しかったのよ。


男ってのはいくつになってもかっこつけたがるよなぁ…


ふふっ、あなたは特にそのタイプよね。

でもあの時、言ってくれた言葉は忘れず、今でも胸に残っているの。


デザートの飾りの上にリングを乗せて貰って『必ずお前を幸せにする。俺と結婚してくれ』なんて、ドラマの見過ぎだよなぁ…


そんな事ないわ。あの時のあなた、かっこよかったわよ。


すごく緊張してたんだ、初デートの時みたいにやらかさないかって…


あんな素敵なレストランにいきなり連れて行かれたんだもの、薄々気付いていたわ。

食事をしてる時もあなたは落ち着かなくて、ずっとぎこちなかった。


あれでも一応、成功したのかなって…

俺にしては上出来だって、思ったんだ。


うん。ありがとう…


しばらくして子供が生まれて、お前は育児で大変なのに俺は仕事ばかりでなぁ。


あなたのおかげで生活が成り立っていたのよ、感謝しているわ。

それにあなたのご両親もご近所だったからとても心強かったの。


俺ももっと手伝えれば良かったのに…


家の事は私に任せてくれていいのよ。


長男も次男もわんぱくでなぁ…散々振り回されただろう。


元気でいてくれることが何よりだわ。


親父もお袋も、初孫はつまごにデレデレだったなぁ。


色んな物を頂いてしまったわ、感謝しきれないくらい。


忙しい毎日だっただろう。


ええ。忙しくて、とても充実した日々だったわ。


2人も無事に嫁を貰って…長男の結婚式でも、次男の結婚式でも、お前はたくさん涙を流してたっけ…


そりゃあ嬉しいもの。2人ともいいお嫁さんをもらって…私もいいしゅうとめにならなくちゃって改めて思ったわ。


子供たちが立派に育ってくれたのは、一重ひとえにお前のおかげだよ。


いいえ、あなたも、あなたのご両親もたくさん支えてくれたわ。


俺が一番いい嫁さんをもらったなぁ…


あら、泣かせる気?


もっとお前との時間を大切に過ごせばよかった。

後悔先に立たずとはよく言ったものだ…


私は充分幸せだったわ。それは、あなたのおかげ。

それを忘れないでちょうだい。


さて…そろそろ出棺の時間だ。

本当に今まで、ありがとう。

言葉では伝えられなかったけれど、ずっと愛していたよ。


こちらこそありがとう。

ちゃんとご飯を食べて長生きしてね。

私は一足先に行くけれど、気落ちしないで人生を楽しんでちょうだい。

孫の顔が見れなかったのが心残りだけれど、私はとても幸せだったわ。

私もあなたを、愛しています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

昔語り【1:1:0】10分程度 嵩祢茅英(かさねちえ) @chielilly

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ