第5話 エフウッド教授の呼び出し

 今では彼女も判る。彼はこの場所で、建築家としての名が欲しいのだ。

 依頼者が「絶対に」必要なこの分野においては、名を売ることは非常に大きな意味がある。

 全く自分の好き勝手に建築物は作ることはできないだろうが、名が売れていれば、自由度は上がるのだ。

 そのために、自分の性分に合わないところでも彼はじっと我慢しているのだ、と彼女は知っていた。

 実際、その「入室試験」に彼は通ったことは通ったのだが、決してディフィールド教授とそりが合う訳ではなかった。

 教授はそれこそ、この地で育ち、この大学で学んでそのまま教鞭をとることになった、言わば純粋培養のエリートである。たたき上げのキュアと合うはずがないのだ。

 彼は大丈夫、とエラに向かっては言うが、彼女はそれを決して100パーセント信頼できる訳ではない。今現在、彼がたびたび「森」へ脱走しているのがよく物語っているではないか。

 彼女自身は、幸福な選択をした方である。

 入った研究室は、案外人気がなく、それだけに、波長の合う彼女に、エフウッド教授は、自分の知ることを惜しげなく伝授していった。

 遠くの惑星へと取材に行く時の心構えなども、自分の失敗談などを加え、面白おかしく話してくれることも多かった。それでいて、ちゃんとポイントを押さえているから、彼女は教授をまた尊敬せずには居られない。

 この教授は、キュアに対しても珍しく好意的な態度をとってくれていた。彼女にディフィールド教授が時々漏らす、彼に対する辛辣な評があることを教えてくれたのもこの教授である。


「気を付けたほうがいいよ」


とエフウッド教授はそのたびに言う。


「僕はもう、そういう集団そのものが大嫌いだから、こんな外側から衛星のように彼らの熱気を観察することしかできないし、したくないけど、彼はあの中でこの先もやっていかなくてはならないのだしね……」


 彼女は自分の選んだことが「こんなこと」呼ばわりされているにも関わらず、その時には神妙にその助言を受け入れた。そういう会話を教授とするようになった頃には、彼女は既に、キュアと友達から一歩進んだ関係になっていたのだ。


 そんな心配もあったが、とりあえず彼女は、自分の心配をしなくてはならなかった。

 日々の過ぎるのは速く、出発まであと二週間。下調べをなるべく深くやっておかなくてはならない。その作業が上手く出来ている程、持っていく荷物は少なくて済む。



 そんな忙しい日、急に呼び出したエフウッド教授は、研究室の扉を閉じ、声を潜めて言った。


「もしかしたら、キュアの卒業製作は危ないかもしれない」


 彼女は息を呑んだ。


 噂は前々からあったのだ。

 それは学内のあちこちで見られる、この星域外の放送における各地の戦局であったり、現在最も勢力を持つアンジェラス星域の軍隊の動きであったり。

 各星域出身の学生となると、画面を食い入る様に見ていることが多い。自分の故郷がいつ出てくるか判らない。いつ攻撃されるか、その時に自分はどうしたらいいのか。いつも彼らは選択を迫られている。

 なまじ頭もいい彼らだけに、現実と、その場に何もできない自分とギャップに苦しむことも多い。

 一方、ウェネイク星系に元々住む学生にとって、それは遠い世界だった。彼らにとって、戦争は日常とは関係の無い出来事だった。自分が参加する必要は無く、進んで参加することなど考えもつかなかった、と言ってもいい。

 学生レベルでは、そうだった。


 だが教授レベルではそうではない。既に、各学部、学群の幾人かの教授助教授講師、と言った教える側の面々が、アンジェラス軍から要請を受けて、この地を離れている。

 休職扱いになっているし、その間の身分と給与の保証もされるが、この惑星に居る時ほどの生命の保証はされない。

 参加は自由である。少なくとも、彼らを使おうとする軍はそんな姿勢を見せた。

 彼らの使い方を軍は良く知っていた、とも言える。この学究の徒達の活動の源泉は、つまりは自身の好奇心だったりするからだ。功名心や利益は所詮オプションに過ぎない。


「伝達デザインのホソノ教授も、心理学のトバエ教授も行ったらしいよ」


 そんなことを級友が噂するのを、エラは半ば聞き流していたものだ。

 とりあえず彼女の師事するエフウッド教授ときたら、戦争も軍隊も嫌いだった。積極的に反対の意志を見せる訳ではないが、どれだけ要請を受けても、絶対にそのまま従うとは思えない。


「もっとも僕の専門を、彼らが必要とするとは思えないけどね」


 それもそうだ、と研究室でお茶をごちそうになりながら彼女は思った。この研究室は建築を扱っていながらも、どちらかというと、歴史を扱う側面の方が大きい。無論歴史とて軍隊に全く不要という訳ではないが、利用するにはやや面倒な部門ではある。

 しかし、同じ建築でも、他部門は違っていた。

 エフウッド教授は普段彼女に滅多に見せない程の難しい表情をすると、ややうつむき加減に話し出した。


「建築学部にも、軍のオファーがあった。まあそれは前々から言われているんが、問題は、今回指名されたのは、ディフィールド教授だ、ということなんだ」

「ディフィールド教授が?」

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