第2話 ああ全く恋愛なんて惚れた方が負けなのよ、とぼやいてみたところで仕方がない。

「……ま、一応、製作したいものはあるんだけどね」

「え、決まってるの?」


 今までの苛立ちは何処へやら、彼女は好奇心が先に立つ自分を感じていた。


「何となく、ね。お前はどうなの?」

「あたしは製作より、研究のほうだから。ほら、前々からあたし、ルシャンタン星域のコヴィエの一連の建築物に関してやってみたい、って言ったでしょ」

「そうだっけ?」

「言ったのよ! 全く忘れっぽいんだから! あそこ、危険度Bだから、なかなか渡航許可が下りなかったんだけど、それが出たのよ!」

「危険度B? ……おい大丈夫かよ」

「大丈夫かどうかは知らないけど。でもそんな場所だったら、下手するとちょっとCだのDだのになるまで待ってたら、建築物自体がいつ壊されてもおかしくないじゃない」

「ま、それはそうだけど」


 でしょ、と彼女は念を押す様に言った。


「でもね、実際のとこ、どうしてもちゃんとしたもの、残したいのよ。研究でも製作でも、それはどちらでも良かったんだけど」

「俺は製作だな。だんぜん」

「キュアはそうよね。あんたは『作りたい』ひとだもん」

「ああ。それもできるだけ、重みのある奴が作りたいんだ」


 彼は視線を空に飛ばした。この話になると、いつでも彼はそうだった。同じ様に彼女は空に視線をやろうとするが、「森」の木々の間に間にこぼれる光がまぶしくて、なかなか彼の様にはいかない。


「俺の生まれたとこはさ、何かもう、コンクリートの箱ばかり、という感じでね。場所があったら詰めましょう、って感じだったんだ」


 エラは以前に聞いていた。彼の生まれた星系は、気候こそ温暖だが、陸と海の比率が非常に極端で、居住できる面積がひどく少ないのだという。

 すると、どうしても少ない面積を活用するには、建物の高層化が必要となり、また、そのためには装飾よりはまず実用であった。

 故郷は仕方がない、と彼は言う。


「だから俺は、全星域で通用する建築家になりたいんだ。……できれば、戦争も終わっていればいい、と思う。今作る建築物ってのは、やっぱり何処か、それに左右されてしまうだろ? 強さとか、形とか、……注文する奴の好みとか」


 そうよね、と彼女はうなづく。


「あたしが調べたいと思ってるコヴィエも、まだその影響が出ていないあたりの建築物がごっそり残ってるんだもの。そういう時のものって、まだすごい力強いじゃない。ここの土地に合うのはどんなもの、とか考えてるようで考えていないようで」


 エラも握る手に力が入るのが判る。


「……それはまあ、あたしの純粋な部分でね。……ちょっと不純なとこ言ってしまえば、そのテーマで目を見張るものができれば、実家に帰らなくても済むかもしれないし」

「あれお前、実家に戻らないの? せっかくあんなでかい家があるのに」

「帰りたくはないわよ」


 彼女は吐き捨てる様に言う。


「ここに出てくるのだって、一苦労だったのよ。言ったでしょ前に」

「ああ、確か婚約者どのがどうとか」

「卒業したら即、なんて今でも言うのよ?」

「いいじゃない、ちゃんと相手が居て」

「あんたねえ?」


 彼女は立ち止まると、彼を見上げて強くにらみつけた。しばらくの間、にらみ合いがその場に続く。

 しかしそれは数秒に過ぎなかった。

 びよん、と顔全体をいきなり引っ張った彼に、吹き出したのは彼女のほうだった。


「あんた馬鹿!?」


 その言葉を聞いているのかいないのか、キュアは小柄な彼女の身体を抱き上げる様にして抱え込んだ。

 つまりは、そういうことなのだ。

 教授の愚痴を代わりに聞くようなことになっても、いちいちこんな場所まで探しに行くのが日常茶飯事だとしても、「それでも」許してしまう自分が居るをエラは知っている。

 ああ全く恋愛なんて惚れた方が負けなのよ、とぼやいてみたところで仕方がない。それに付き合っていれば、相手が自分のことをちゃんと好きであることも判るのだ。

 普通より大柄なこの他星系出身の彼が、普通より小柄な自分を抱き上げて振り回す様はまるで大人と子供の様だけど。それは何となく、自分のポリシーに合わないような気もするのだけど。

 それでも、子供の様に持ち上げられて振り回される時、自分が何よりも楽しいことを、彼女は知っているのだ。

 できればずっと、学生のままで居たい。

 だけどその終わりの時間が刻々と近づいていることも、彼女は、そして彼も知っていたのだ。

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