その二十二 書道クラブ

 椎名さんと協力し、辻井さんに車椅子へ移乗してもらった後は彼女とともに和室へ急ぐ。和室ではさっき話していた通り、横山さんと内藤さんが待機していた。

「お待たせしました!」

「おー」

「はいはい。それじゃ辻井さん、ちょっと後ろに倒れますからね」

 和室の入口には段差があり、未だバリアフリー化がされていないため車椅子に備え付けてあるジャッキを使わなければならない。

 油圧式のジャッキが起動し車椅子が後方にゆっくりと倒れていく。車椅子の後方に回っていた横山さんが手で静止の合図を送ったところで停止すると、前輪が段差と同じ高さになる。

「少し前に進みますよー」

 横山さんがそう言うと車椅子を前進させる。

「よ……っと」

 後輪が段差にぶつかる直前、横山さんが車椅子をの原理で持ち上げ、段差を乗り越える。

「……重くないんですか?」

「その為の義手と人工筋肉よ……だから生身のお前は真似すんなよ。ちゃんと外骨格着てやれ?じゃないと腰痛めるだけじゃ済まねぇぞ?」

 金属の塊である利用者と、その重さを支えられる車椅子。いくらの原理とは言っても総重量は相当なもののはずだった。

「あー僕やろうと思ったのにー」

 内藤さんは腰に手をあてて首を横に振る。

「うっせ。はい、じゃあ辻井さん、ちょっとここで待っててくださいねー」

横山さんが辻井さんの車椅子を準備していた机の前に進める。車椅子の各車輪の下には座布団が置いてあり、畳を傷付けないように配慮がしてあるのだが―――。

「…………これは、アレだな」

「アレだね」

「アレですね……」

 車椅子プラス座布団4枚というスペースの占有率が見た目としてどうなのか、といったところだった。

「まぁ……この問題は今日のところは置いておこう。ほれ桐須。ちゃっちゃと放送入れてこい」

「あ、はい。すいませんがもうしばらくお願いします」

「焦らなくていいからねー」

「はーい!」

 なるべく急いで支援室へと戻った俺は館内の放送システムをスイッチを入れ、各居室に放送が入ることを確認する。

『あ、あー』

 テストのつもりで放送が館内に流れていることを確認する。

『えー。書道クラブの時間になりました。書道クラブの方は和室にお越しください。繰り返し連絡します。書道クラブの方は和室までお越しください。連絡を終わりにします』

 放送を入れ終えるとため息を一つ吐く。

「じゃあすいません。俺クラブの方行ってます」

 椎名さんへ声を掛ける。

「あいよー。いってらっしゃい」

 

 再度訪れた和室に行くと、入口のところに靴が四足揃えてあった。

 これに辻井さんを入れれば五人。クラブの加入者全てが揃っていることになる。

「すいませんありがとうございました」

 俺は夜勤明けで残ってくれた横山さんと内藤さんにお礼を言う。

「あー気にすんな。じゃあ俺ら上がっぞ」

「はい。お疲れ様でした!」

「がんばってねー。皆もまたねー」

 内藤さんが去り際に利用者に手を振って和室を去っていく。

 俺は既に来所していた講師の先生に一礼する。

「えっと……本日はよろしくお願いします」

「はい。こちらこそよろしくね」

 そう言って礼をする女性型機械生命体アンドロイドの先生。

 そうしてクラブの時間が始まる。

 俺以外、ここに居る人は何をするのか分かっているようで、慣れた手つきで道具を持ち出しては並べていく。辻井さんのは夜勤明けの二人が既に準備してくれていたようで、俺はしばらく手持ち無沙汰になる。

(こんなこと言っちゃいけないんだろうけどぶっちゃけ暇だ……)

 欠伸を噛み殺しながら様子を見ている。

 どうやら七月ということで七夕にちなんだ物がお題として出されているようだ。

(『七夕』、『笹の葉』、『短冊』……かぁ)

 周囲をぐるりと見渡し、皆が真剣に書いているのを見てふと気付く。

(あれ……辻井さん……?)

 辻井さんのところを見ると、半紙を敷いたままそこをただ眺めているだけだった。

「辻井さん」

 俺は彼女の元で寄ると不思議そうな顔で逆に言われてしまった。

「どうしたの?」

 内心「それはこっちの台詞です」とツッコミを入れたくなったがぐっと堪える。

「お習字、書かないんですか?」

 そこで彼女は目の前にあるものに気が付いたようだった。

「あらまあ」

 なんて驚いたような声を出す。

「お習字なんて久しぶりだからすっかり忘れちゃったわ」

 困ったように筆を取り、そこで辻井さんはまた止まってしまった。

「どうやって書けばいいのかしら……?」

 本当に、心の底から困ったような声だった。

 それと同時になんだか、三カ月かそこらの付き合いしかない俺でさえ、胸にちくりと痛みが走った。

「…………一緒にやりましょうか」

 俺は辻井さんの手に自分の手を重ねる。

「あら。手伝ってくれるの?嬉しいわあ」

 今度は逆に、心の底から嬉しそうな声だった。

 そうして俺は二人羽織りのように後ろから手を回し、一番簡単そうな『七夕』という文字を選ぶ。

「『七夕』でいいですか?」

「なんでもいいわよ」

 一人でも上手に書ける自信なんてないのに二人で一緒に書いた『七夕』という文字は蛇がのたうち回った、というくらい酷い出来だったけれども。

「楽しかったわぁ。ありがとうね」

 そう言ってはしゃぐ辻井さんを見ていたら、大切なのは出来た結果ではないのかもしれない、なんて思ってしまった。

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