ロボットの介護士さん

釈乃ひとみ

認知症のAI 辻井さんの場合

プロローグ 夜勤明け

「えーおはようございます。それでは本日の申し送りを始めます」

 俺は欠伸を噛み殺しながら言う。夜勤明けの眠気と、もうすぐ解放されるという期待から緊張の糸が切れかけている証拠だ。

「まず、辻井さんですが」

 その場に居る俺以外の人物、施設長、主任、栄養士、事務員が反応する。

「先月から見られるという深夜の歩行ですが、昨晩も見られました。時間は午前1時30分頃、2時10分頃、3時頃と計3回です。いずれも声掛けを行い居室に戻っていただきました。3時以降は入眠されており、巡視時も起床の気配は見られませんでした」

 時代遅れのデスクトップPCから印刷された援助記録を読み上げながら報告すると、主任ははぁ、とため息を付く。

「やっぱり増えてきてるなぁ」

 主任である桂木さんが顎髭を義手でなぞりながら零す。

「仕方のないこととはいえ、やっぱ堪えるねぇ。今はまだアップデートがきてるから大丈夫だけど明日は我が身、だよ」

 施設長はアイレンズを点滅させる。その言葉には既に世代交代をして久しい時代の『人間』、ならではの重さがあった。

 俺はその他の夜間の様子を報告する。幸いなことに、昨晩は辻井さんの他に特に変わったことはなく比較的穏やかな夜勤だった。

 尤も、休憩時間を狙ったように起きてくる辻井さんに3度目は「またか」と思ってしまったのだがそこは俺も人間なので許して欲しい。

 夜間の報告をした後は、日課と受診予定を読み上げて、最後に施設長から一言あって終わる。

 主任と施設長は辻井さんのことで今後のことを話している。上の話は上に任せておくとして、現場の人間は現場のことに集中しよう。

「お疲れー。いや悪いねぇ」

 そう言って真っ先に俺を労ってくれたのは、腰椎から両の義足までセラミックを入れた義体化人間サイボーグの女性椎名さん。

「いいっすよ。むしろ夜間のおむつ交換とか代わってくれてこっちこそありがとうございます」

 俺が礼を言うと椎名さんは頬を掻く。

「だって君辻井さんのお陰で休憩、碌に取れなかったっしょ?だから代わり。それに新人君に早速無理させたら先輩として恥っしょ」

 あはは、と椎名さんは陽気に笑う。

 ……やばい。椎名さんがあと10歳若かったら惚れてたかもしれない。

と、いうかなんでこんな良い人なのに未婚で浮いた話の一つもないんだろう。

そんなことを思っていたらぺちん、と俺の頭にチョップが振り下ろされる。

「痛いです」

「なんか失礼なこと考えてたろ?」

 なんで分かったんですか、と言い掛けて止める。

「君はすぐ表情に出るからね。学生時代とかよく言われなかったかい?桐須雅彦きりすまさひこ君?」

 自分の名を呼ばれ、なんとなくむず痒くなり後頭部を掻く。

「さ、じゃあ頼むよ」

 そう言われ俺は頷くと現場の『人』達を集める。

義体化人間サイボーグ機械生命体アンドロイド人間ヒューマン

これが、23世紀の地球上で定義される『人間』の種類だ。

そしてここは『国立機械生命体アンドロイド養護老人センター』

厳密には違うのだが、まあ分かりやすく言えば機械生命体アンドロイドの老人ホーム、みたいなものだ。

 これは、身寄りのない年老いた機械が最後に行き着く国立の施設。

そして、そこで働く支援員や、それに関わる職員の日常を描いた物語である。

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