第12話
「あぁ? モザイクじゃねぇか。またのこのこと何しに来たんだ?」
バリケードからひょっこりと顔を覗かせる白川に、俺は重大な話があるから鮫島と話がしたいと伝える。
「あぁ? てめぇが鮫島さんと話せるわけねぇだろがっ! ……っと言いたいとこだが、入れ。モザイクが来たら通すように言われてる」
「ありがとう、白川君」
「礼なら鮫島さんに言え。何か知らねぇが……お前のことを高く買ってるみたいだぜ」
バリケードで塞がれた食堂の奥には、柄の悪そうな男女が30人程集まっており、テーブルを囲みトランプで大富豪に興じている。
その一番奥には一際立派な体格をした赤頭……鮫島秋人が大きな態度で深々と腰を落ち着かせていた。
俺に気がついた鮫島は3本の指を立てながら、『チェキェラッチョッ』てな具合に手をリズミカルに押し出した。
「YOYOブラザー! 新たな情報でも持って来たかYO!」
俺はいつから鮫島と兄弟になったのだろうか。願い下げだ。
「うん、鮫島君たちに取って危険分子になり得る情報を伝えて置こうかと思って」
「……最強の俺様の敵になり得る野郎がこの学校に居るとでもいうのかYO。がはははっ」
腹を揺すって洪笑する鮫島に同調するように、その場に居合わせた全員が笑い出す。
俺は最もだと社交辞令とばかりに首肯し、必要はないと思ったけど……この間の桃缶のお礼がどうしてもしたかったのだと詭弁を述べた。
「そうかYO。まぁ掛けろ。……んっで、とりあえず情報ってのを聞いてやる」
食堂の椅子に腰かけると、鮫島は薄笑いを浮かべながら言葉を急かす。
「うん、先ずは東側の通路にいるモンスターについて話しておくよ」
俺は昨日知った東側の魔物――巨大蜂について語った。俺の話を真剣な表情で聞いてくれるのは鮫島だけじゃない。白川も、その場の全員が身を乗り出すように興味深そうに耳を傾けていた。
「なるほど。巨大蜂か……確かにそいつは厄介だな」
「鮫島さんの言う通りっすよ! 蜂蜜は欲しいっすけど、命懸けて取るほどの代物じゃねぇな」
「んっで、危険分子の方は?」
俺の話に興味が出てきたのか、鮫島はそっちについても話せと首を前に突き出した。
俺は伊集院先輩から聞いたことをそのまま鮫島に話す。当然彼は気色の悪い野郎だと眉間に皺を寄せる。
「そんで……そいつがなぜ俺様の危険分子になる?」
あり得ないと嘲笑うように口の端を持ち上げる鮫島に、俺は首を少し傾けた。
「わからないかな? 太公望は自分より知力が低い相手を言葉だけで従わせることが出来るんだよ? そうなってくると……最強の鮫島君でも困るんじゃないかな?」
沈思黙考する鮫島から完全に笑みが消える。
「確かに厄介な野郎だな。タイマンならワンパンでぶち殺せそうな野郎だが……言霊による強制と支配か……」
「うん。懸念すべき点は他にもあるよ」
「言ってみろ」
「例えば太公望が全校生徒を従えてここ、食堂を襲う可能性も考えられるよね。もちろん、鮫島君は最強だから全校生徒くらい片手で捻り潰すだろうけど……」
がはははっと愉快そうに笑う鮫島は豪胆に、上機嫌で当然だと言い切る。
「だけど、鮫島君の仲間はどうかな?」
俺が鮫島に尋ねると、彼らは異口同音に「あぁ? てめぇ俺らが雑魚だって言いてぇのかァッ!」と、捲し立ててくる。それを鮫島が「うるせぇんだYOッ――!」と一喝するれば、親に叱られた子供のようにしゅんと俯いてしまう。
「ううん、違うんだよ。俺が言いたいのは白川君たちが弱いとかじゃない。みんな当然俺なんかよりずっと強くて男らしいし、かっこいい。凄く尊敬してるし憧れてもいるよ」
「……そ、そうか?」
「うん、チーム鮫島組に憧れない男なんていないよ! あっ、もちろん美人揃いって有名な女子にも!」
「あたいら美人揃いって有名なんだってよ」
「まぁ……その辺の野暮ったいのと一緒にはされたくないよね」
俺のスーパーお世辞に気を良くした彼らが穏やかに笑みを浮かべる。
「ハーレムを作ると公言している太公望は、きっと超美人な彼女たちを狙ってくると思うんだ」
「嫌だっ、キモッ!」
「でもモザイクの言う通りその可能性はあるんじゃない? あたいらスーパー美人だし」
と、緩慢と身を抱えるような仕草で言ったのは……けばけばしい化粧を施した相撲取りのような女子生徒である。
一体どの口でそのようなことを言っているのだと説教してやりたい気持ちをグッと堪える。厚かましいにも限度と言うものがある。彼女はその辺を理解すべきだ。
「それだけじゃないよ」
「まだあんのかYO」
「うん。鮫島君たちの仲間が太公望の話術にかけられたら、同士討ちになる可能性があるよね? 仲間想いの鮫島君に、太公望が卑怯な手段に出るかも知れないなって……気になったんだよね」
「なるほどな……そいつは大いに考えられる」
「どうするんすか鮫島さん!」
「慌てんじゃねぇYO! ……で、それを忠告しに来たってことは……もちろん打開策も用意してあんだよなっ!」
無かったら煩わしさだけを運んできたお前をぶっ飛ばす。そういう眼をしていた。
当然の如く、俺は大きく頷いてみせる。
「簡単な話……やられる前にやっちゃえばいいと思うんだよね」
「奇襲……闇討ちか。卑怯な手は好きじゃねぇな。男なら正々堂々タイマンだ!」
「うんうん、決闘だよ。鮫島君と太公望のタイマンをグラウンドでしてさ……みんなに太公望の卑劣な行いを暴露するってのはどうかな?」
「んっなことしたら話術で一発じゃねぇかYO!」
「ならないよ」
「なんで?」
「だって……みんな耳栓すれば問題なくない? 太公望の声を……言霊を聞かなければ効力は発動しないよ」
悪童の笑みを浮かべた鮫島は、仲間たちに伝令を走らせた。
一時後に校庭で生徒会副会長――太公望の卑劣な行いを暴き、決闘をすると。その際、太公望の能力を皆に伝え、耳栓必須と伝えていた。
太公望を成敗することくらい簡単だ。鮫島たちを使わずとも済んだことだろう。
ではなぜ俺は自ら動かなかったのか……答えは云うまでもなく、無駄なカロリーを使いたくなかったからだ。
それに太公望を懲らしめるだけでは意味がない。
今後太公望による犠牲者が出ないようにするためには、事実を喧伝する必要がある。
それを一人で伝え回ることは莫大なカロリー消費に繋がり、面倒臭い。
第一、モザイクと蔑まれる俺とまともに取り合ってくれる者など皆無である。
仮に耳を傾けてくれたとしても、目立つことになってしまう。
俺は出来るだけ目立ちたくないし、恨みを買うのもごめんだ。
それなら手っ取り早く誰かにやってもらうしかない。
ということで鮫島に白羽の矢を立てたというわけだ。
俺は西の通路で素早くスライムを確保し、屋上に戻って自分のベッドと伊集院先輩のベッドを設置した。
「あら、やれば出来るじゃありませんの」
「そりゃどうも」
「ん……なんか外が騒がしいですわね」
どうやら鮫島VS太公望の決闘が始まったらしい。
俺たちは庭先に出て校庭を見下ろす。
「太公望秀吉!?」
伊集院先輩が屋上の手摺から身を乗り出し、驚嘆の声音を発している。
優雅にロッキングチェアに腰かけて高みの見物を決め込む俺の眼下には、鮫島と太公望を取り囲むように全校生徒が集まっていた。
太公望は鮫島を指差して「跪け!」、傲然と言い放っていたが、耳栓をしている鮫島が指示に従うことはない。
「な、なぜだ! なぜ私の言霊が通じない!?」
「……」
無言でほくそ笑む鮫島に危機感を覚えた太公望は、「お前たちに告げる! このゴリラを取り押さえろ!」と言霊を使用するが、周囲の生徒は誰一人として反応することはない。生徒会メンバーは白川たちに取り押さえられていた。
「どうなっていますの?」
「さぁ……? みんな耳栓でもしてるんじゃないかな?」
一驚に目を丸くした伊集院先輩が疑問符を浮かべながら尋ねてくるが、俺は知らぬ存ぜぬを突き通す。
その後は鮫島による見るも無惨な一方的な処刑が開始され、ボコボコにされた太公望が鮫島によって学校からの追放を言い渡される。
言霊の支配を受けていた生徒も解放された様子で、蹲り泣いていた。まるで鮫島が正義の味方になったように感謝されている。
処罰が少し厳しい気もするが、彼の行ったことを鑑みると……妥当かもしれないと黙認する。
俺は天使でもなければ悪魔でもないが、非道な行いをする彼を庇うつもりはない。
目には目を、歯には歯を、悪党には悪党をぶつけて潰す。ただそれだけのこと。
半口開けて呆然とその光景を見下ろしていた伊集院先輩が、ゆっくりとこちらへ振り返る。
「貴方の……仕業ですの?」
「ん……何のことですか? 俺はベッドの製作で忙しいかったですから」
「……わたくしは貴方にしか彼の能力を伝えていませんわ。彼の能力を知る生徒会メンバーは皆彼には逆らえませんし」
「……知りませんよ」
じっと見つめてくる伊集院先輩から目を逸らし、俺は素知らぬ顔で欠伸する。
「嘘仰いっ! 貴方以外に誰が耳栓などということを思いつくというのですのっ!」
「さぁ? なんでみんな耳栓なんてしてたんですかね? 不思議ですね」
スッと口から息を吸い込んだ伊集院先輩が瞼を閉じ、そこで言うべき言葉を何度も逡巡し……。
「……ありがとうございます、ですわ」
俺じゃないと言っているのに、伊集院先輩は喜色満面を浮かべながら折り目正しく美しいお辞儀をする。
「……これで生徒会室に戻れますね?」
俺がコホンッと一つ咳払いをして、早く帰ってくれと思いながら尋ねれば……。
「ええ……でもこれからもお風呂に入りに来ますわ。それとクリーニングも……」
「えぇ!?」
ま、それくらいはいっか。
言い返すと面倒臭そうだしな。
「ところで……わたくしは貴方の名前をまだ聞いてませんでしたわ」
「桂文吉……みんなからはモザイクと呼ばれてますよ」
「文吉……覚えましたわ。貴方はわたくしの頼もしい従者……文吉ですわ!」
従者になどなった覚えはないし、頼もしくなんてない。
ま、幸せそうに笑う先輩に釘を刺すのは……またの機会にするか。
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