第11話
風呂から上がった伊集院先輩が、今度は俺の全身を隈無くチェックし、「なぜ貴方だけ制服に汚れ一つありませんの?」と不満そうに唇を尖らせる。
説明するのが非常に面倒臭い上、どう説明すればいいかもわからなかった。
俺自身、自分になぜこんなことが出来るのかわかっていないのだから……。
なので……俺は適当にクリーニング能力を有しているのだと答えた。
「貴方使えますわね! ……ちょっとそこで待っていなさい」
何かを閃いた伊集院先輩が部屋に置いてある毛布を取り、脱衣場に駆け込むこと数分……毛布に包まった先輩が制服片手に近付いてくる。
「してちょうだい!」
テーブルに置かれた制服にキョトンと視線を移し、俺は溜息を吐き出して首を折る。
「……はい」
伊集院先輩の制服を手際よく錬金術で新品に変換すると、まるでシンデレラが魔女に素敵な魔法をかけてもらったように瞳を輝かせ、脱衣場で着替えを済ませた伊集院先輩が再び何かを差し出してくる。
今度は何なんだよ。
「何ですか?」
「その……非常に頼み辛いことなのですが……この際仕方ありませんわ」
少し頬を赤らめた伊集院先輩がもじもじと太ももを擦り合わせる。
そして、テーブルに何かをドンッと叩きつけた。
「こここ、これもクリーニングをお願いしますわ!」
「げっ!?」
伊集院先輩がテーブルに叩きつけたのは下着だ。しかもド派手な上下真っ赤な下着。
なに考えてんだよこの人!?
俺があたふた目を泳がせていると伊集院先輩が、「早くしなさい」と声を裏返す。本人も相当恥ずかしいのかもしれないが、俺だって同じだ。
出来るだけ下着から視線を逸らし、クリーニングを完了する。それと同時に疲れがどっと押し寄せてくる。
「スッキリしましたわ」
ご機嫌で向かいの席に腰を下ろす伊集院先輩は、一切有栖川先輩について触れてこない。
「あの……有栖川先輩が目を覚まさないので、熱などがないか測ってもらえませんか?」
「どうしてわたくしがそのようなことをしなければなりませんの?」
「……」
さっきと言ってることが違うじゃないか!
『あら、でしたらわたくしが看病して差し上げますわ。無頓着な男性の貴方より、わたくしの方が気配りができ、その方も大層有り難がりますわね』
この台詞は何だったんだっ!
「さっきは看病してくれると言ってたじゃないですか」
「……仕方ないですわね。このようなことは本来ならば家政婦の仕事でしてよ?」
居ねぇよんっなの! 一般家庭には存在しないんだよ。
「熱は……ありませんわね。ところで……どうして有栖川さんが貴方と? 噂では彼女は友人たちを死に追いやった報いを受け、体育館から追い出されたと報告を受けていたのですが……」
「う~ん……」
何と説明したらいいものかと悩んだ結果、俺は掻い摘んで話をすることにした。
有栖川先輩にゴブリンのことを伝えたこと、それがきっかけで食料を確保しようと頑張った結果……裏目に出てしまったのだと。
決して有栖川先輩が安易な考えから誰かを死なせたのではないと、フォローを入れなから……。
その後、たまたまダンジョンで倒れていた所を発見し、放置することもできないので連れ帰って来たのだと。
「なるほど、そうでしたの。確かに食料問題は重大ですから……彼女だけに落ち度があるとは思えませんわね」
一応は生徒会長……その辺のことは理解しているらしい。
「それはそうと、伊集院先輩はどうして生徒会を追い出されてしまったんですか? かなり揉めてたみたいですけど」
聞いたら不味かったのか、渋柿を頬張ったように苦々しい相好を見せる伊集院先輩が、吠えた。
「わたくしは間違ったことは言ってませんわ!」
「何があったんですか?」
「副会長……
伊集院先輩は怒りを堪えるように、静かに語り始めた。
――それは今から3日前まで遡る。
生徒会メンバーは教師たちと今後の対策を練っていた。
そして一つの結論に達する。
このまま救助を待ち続けていても直に食料は尽き、誰も助からないと……それならば誰かが救助を呼びに行くしかない。そう結論付けた先生たちがここを旅だったのが3日前のことだった。
しかし、それまで内申などのこともあり大人しくしていた副会長の太公望が、教師が居なくなったことをいいことに、本性を現したのだとか。
「本性?」
「ええ、彼は……女子生徒と不純異性交友行ったのですわ」
「!?」
不純異性交友行為って、こんな状況で性交渉とか……サイコパス過ぎるだろ。
誰が聞いても注意する伊集院先輩が正しいのは明白だ。
「その……相手は恋人とかですか?」
「いえ、わたくしの言い方が悪かったですわ。彼は能力を使って不純異性交友に及んだのですわ」
「は? それは……乱暴なの、では?」
確かにそうですわねと口にする伊集院先輩は頭を振り、話を続けた。
「でも……同意の下ですのよ」
「ん……いまいち意味がわからないんですが」
厳めしい面持ちで俯いた伊集院先輩は、悔しそうに奥歯を鳴らした。
「彼の【職業】は……話術士なのですが……」
伊集院先輩は太公望秀吉の【職業】、話術士について教えてくれた。
【職業】話術士――【スキル】話術。
その能力は言霊による強制と支配。術者より知力が低い者を言葉だけで従わせ、屈服させることが可能だという。
太公望秀吉はその力を使い、生徒会メンバーを次々に従えていった。その中で女子生徒と卑猥な行為を行ったのだ。
「わたくしはそのような卑劣極まる行いをやめるように苦言を呈したのですが……こともあろうに彼は、このわたくしにも奉仕をしろと命じたのですわ! 当然わたくしは断りましたわ」
「先輩の方が知力が上だったということですか?」
「いえ……話術士のステータスは謂わば極振りと呼ばれるものですの」
「極振り……? つまり……知力だけが以上に高く、他がまったくだと?」
項垂れるように相槌を打つ伊集院先輩。
生徒会メンバーのLvは等しく『1』であり、本来ならばステータスにそこまでの差は生まれない。
のだが……太公望秀吉のステータスは以下の通りだという。
――太公望秀吉 【職業】話術士 Lv1
HP 8/8
MP 0/0
筋力 3
防御 3
魔防 1
敏捷 3
器用 4
知力 68
幸運 1
対する伊集院琴葉先輩のステータスがこれだ。
――伊集院琴葉 【職業】結界師 Lv1
HP 10/10
MP 28/28
筋力 7
防御 6
魔防 19
敏捷 9
器用 16
知力 18
幸運 19
【職業】は2年2組メンバーの一人、瀬世蛍と同じ結果師。
云うまでもなく、太公望との知力にはかなり差ある。
「伊集院先輩と太公望秀吉の知力にかなり差があるようですが……先輩には効かないんですか?」
「多分ですが……わたくしの職業が結果師なのが影響しているのかも知れませんわね」
なるほど。結果師には予め何らかの防御加護のようなものが働いているのかもしれない。
だとすれば、伊集院先輩に太公望の話術が効力を発揮しなかったことにも納得できる。
「彼はわたくしに自分の力が一切通じないと知るや否や……わたくしを邪魔者扱いし……」
「追い出したという訳ですか」
「ええ、その通りですわ。彼はハーレムを作るのだと……最低のことを言っていましたわ」
もしも伊集院先輩の言ってることが事実なら……かなり厄介なことになるかもしれない。
知力極振りの話術士のステータスに対抗できる者がこの学校にどれほどいるだろうか。
おそらく……一握りもいないと思われる。
それなりにLvを上げなければ、太公望の知力には対抗できないだろう。近付くだけで危険な相手だ。
「わたくしは先生たちが戻り次第、太公望を止めるつもりですわ」
と、決然と言い切る伊集院先輩だが、果たして先生たちは戻って来るのだろうか。
それに、一度だがが外れてしまった者を止めることは至難の技だ。
「それまでの間……わたくしはここに住みますから、ベッドをもう一台増やす必要がありますわね」
「……」
そうなるとは予想していたが……随分勝手な人だな。
とりあえず俺は有栖川先輩のことを伊集院先輩に任せ、太公望の対策に乗り出すことにした。
太公望を止めることは一見困難だと思われるが、実際は非常に容易い。俺には太公望の能力を無効化する秘策がある。
ということで、俺は太公望の討伐を依頼すべく、食堂へとやって来ていた。
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