Re.新世界へ、ようこそ。
🎈パンサー葉月🎈
第1話
俺は……死ぬのか?
月明かりに照らされた仄暗い森の中、体温が急激に失われていく。全身が凍りついていくほどの寒気を感じる。ぐにゃぐにゃと歪む視界には真っ赤な血溜まりが広がり。意識が混濁していく。
力の入らない身体に力を込めようとすれば、背中に激痛が走る。焼けるような痛みだ。
何が起こっているのかわからない俺の頭上から、嘲りの声が降り注いでくる。
「悪く思うなよ、勇者様」
「これが暗殺者としての……俺たち本来の任務なのさ」
ああ、そうか。
仲間が……仲間だと信じていた彼らに、俺は殺されるのか。
あと一歩のところだった。あと少しで魔王を討伐し、俺は世界を救った英雄として世界に名を刻む……そのはずだったのに……。
それもすべて寸前のところで潰えていく。
それと同時にすべてを悟ってしまう。
この世界に英雄が存在しない理由は、こういうことだったのだと……。
魔王を討伐する偶像の勇者を仕立てあげ、人々に希望を与えるだけ与えた後……。
本当に魔王を討伐してしまいそうになれば、始末してしまう。
そうすることで世の中は滞りなく廻り、世界は巡って行くのだ。
本当に魔王を討伐してしまえば冒険者と呼ばれる人々は職を失い。資源のない国は隣国に傭兵を派遣することで得ていた利益が得られなくなる。
ま、もう死ぬんだからどうでもいい……。
努力して勇者になんてなるんじゃなかった。頑張ったて報われないのなら頑張るだけ無駄。
死に際に悟るなんて……どれだけ俺は間抜けなんだよ。
もしも今度生まれ変わったら……二度と無駄なことはしない。
◆
「こら、文吉! 授業も聞かずにいつまで寝てるのよ」
机で突っ伏せになってうたた寝をしていると、幼馴染みの
「ああ、もう昼か……」
眠気眼を擦りながら適当な返事を返す。
「どうせ文吉のことだから今日も購買部のパンなんでしょ? ほら、お弁当作り過ぎちゃったからお裾分けよ」
眼前に差し出された弁当。謎のお弁当作り過ぎちゃった発言を聞くのはこれで何度目になるだろう。そもそもお弁当を作り過ぎちゃったって……どういう意味なのだろう。
「いつも……ありがとう」
「べ、別に文吉のために作ったんじゃないわよ。か、勘違いしないでよねっ。つ、作り過ぎたから捨てるのも勿体ないだけよ。それだけなんだから」
ただ感謝の言葉を口にしただけなのに、物凄い勢いで捲し立ててくる。そして当たり前のように前の席に腰を下ろし、俺の机で弁当を広げる。これもいつものことだ。
「あっ、そっすか」
これまた適当な返事を返し、大して腹が減ってるわけではないが、有り難く頂くことにする。
「ねぇ、今日の卵焼き上手く焼けたでしょ! お母さんに上手に巻く方法を教わったんだよね~」
確かに綺麗なフォルムをしている。箸で突き刺した卵焼きをぼんやりと眺めながら、旨そうに弁当を食い進める雫を見やる。
背まで伸びた薄桃色の髪と、身長156cmと少し小柄な体躯に見合った小振りな胸。飛びきり美人というわけでもないが、決してモテないという訳でもない。
「そう言えば……まだあの夢見るの?」
「夢?」
「ほら、小さい頃からいつも見てるって言ってたじゃない。文吉が勇者で仲間に殺される……」
そこまで言った後、あきらかにバカにしたようにクスクス笑い出す雫。そんな雫をジト目で見やり、若干腹立たしい気持ちで窓の外に目を向ける。
「ごめんごめん、だって文吉が勇者なんだもん。普通笑うわよ」
ま、そこに関しては同感だね。特に運動神経が言い訳でもなければ、成績優秀という訳でもない。顔も身長も見た目も、何もかもが中の中……至ってシンプル至ってノーマル。平凡と書いて桂文吉と読む。
その俺が夢の中では勇者様なんだから……ま、笑うなという方が無茶である。それは重々承知しているが、やはりムッとしてしまうことも事実だ。
「あっ、さっき寧々ちゃんから聞いたんだけど、駅前に東京で話題のパンケーキ屋さんがオープンしたんだって」
「へぇー」
寧々ちゃんというのは雫の友人一堂寧々のことだ。クラス内カーストランキング上位に当たる女子生徒であり、所謂ギャルと云われる特殊な人種。もちろんクラス内カーストランキング中の中に当たる俺とは、まるで接点など皆無に当たる人物。
どちらかと言うと……苦手なクラスメイトだと言えよう。
「文吉帰宅部なんだしどうせ暇でしょ? 帰りに寄ってかない?」
「……まぁいいけど」
正直行きたくない。東京で話題のパンケーキ屋さんなんてところは行かなくたって想像がつく。きっと店内は今時の女子で溢れ返っており、パンケーキに似つかわしくない値段で販売されている。
そんなものは近所のスーパーでホットケーキミックスを買って作れば、半額以下の値段で食べられる。
しかし断ると数日はこのことを根に持たれ、蜂の巣を突っついたように攻撃対象となってしまう。
どう対応することが最も低カロリーで省エネ的かと考えたら、行って食って帰る。これに尽きる。
俺という人間はできるだけ、無駄な労力を使いたくないのだ。
「ふふーん。文吉ならそう言うと思ってたっ。甘い物好きだもんね」
「まぁな」
これは誤解だ。俺が甘い物が好きだと雫が勝手に思い込んでいるだけ。そもそも小さい頃から雫は甘い物が大好物であり、おまけに趣味がお菓子作りときた。なら考えなくたってわかるよな? 雫が大量に作ったそれらが誰の胃袋に納められるのか。そしてそれを拒んだら確実にエネルギーを大量消費することも……。
なので適当に相槌を打ち、川が流れに沿って流れるのと同じように流れていく。行き着く先が何処であろうと構わない。俺はただ面倒臭いことにならぬように、できるだけカロリーを消費しないで済む道を模索し、漂うだけ。
あの空にぷかぷか浮かぶ雲のように……。
「ねぇ、何か……揺れてない?」
「ああ、地震だな」
「……って、呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ! 机の下に潜るのよ!」
雫に半ば強制的に机の下に押し込まれる。
ここ日本に置いて地震など別段珍しくもない。最早感覚が麻痺してしまった大半の日本人は、ちょっとやそっとの地震では動じることもない。
にしても……でかいな。
まぁ問題ないだろう。ここ日本に置いて最も強固な建物の一つと言っても過言ではないのが校舎だ。ちなみに一番頑丈な建物は……言うまでもなくガソリンスタンド。地震が起きた際はガソリンスタンドに逃げ込むのが理想的とされている。
「きゃぁっ!?」
「心配ない。すぐに収まるさ」
窓ガラスや蛍光灯が割れる音に驚いた雫が抱きついてくる。俺は興奮した馬を宥めるように雫の背中をポンポンと叩いて撫でる。
幼い頃からずっと一緒にいる雫だ。別に抱きつかれたからと言って性的興奮を覚えることもない。というか、感情気薄な俺は異性に対してそのような感情を芽生えたことがなかった。
異性に対してだけではない。
このような一般的に緊急時と呼ばれる事態に遭遇しても、俺の感情は死んだように動かないのだ。
小学生の頃に目の前で交通事故が起きた時も、友人たちは興奮していたが、俺はなぜか見慣れたように何も感じなかった。過去にもっと悲惨なものを見てきたような感じで、俺の心は動じない。
そのせいで小学生時代は冷徹無慈悲な魔王という不名誉なあだ名を付けられた。当然、言い返すこともしなかった。(面倒臭いので)
「ほら、収まったぞ」
「う、うん。……にしても、文吉は相変わらず動じないんだね。心臓に毛が百本くらい生えてるんじゃないの?」
「……かもな」
今の今まで泣きそうな相貌を見せていたのが嘘のように、雫は愉快そうに肩を揺らす。それから俺はすぐに机から出て教室を見渡す。
蛍光灯が割れたせいで薄暗い。仮に割れていなかったとしても体感的に震度6強の揺れだ。停電になっていたことだろう。
「ねぇ……文吉……これなに?」
「ん……どうかしたか?」
窓の外を見つめる雫の震えた声音が耳朶を打ち、窓の方へ目を向けると……窓の外にあるはずの景色が消えていた。
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