第11話 第七王女

「これで良かったですか?」


 僕はメイドの二人――凛々しいアントレットと、おっとりした雰囲気のミャナン――の前に、小指サイズの宝石を二つ置いた。

 黄色のガラス玉に似た見た目。

 シトリンと呼ばれる宝石だ。

 ダンジョンの探索許可はもらったけれど、結局クラスメイトのカッツに相談したら、安く手に入れてくれた。



 ***



 カッツが椅子をかたむけて天井を見上げてから、僕に向き直る。


「トパーズじゃなくてシトリン?」

 

 うん、そうなんだ――と、うなずいたものの、僕はトパーズとシトリンの違いなんてわからない。

 何でも用意してやる、と普段から豪語する緑髪のクラスメイトと話をしていたときに、ふと思いついて聞いただけ。


「ハルマがシトリンなんて欲しがるとはな」

「いや、欲しがってるのは僕じゃないんだけど」


 女性に渡すのかと暗に聞かれているようで、恥ずかしくなって手を振る。

 すると、カッツが「わりい、わりい」と顔の前で手を振った。


「詮索するつもりはないんだ。ただ、珍しい宝石だなと思っただけだ」

「そうなの?」

「まあな……で、金は?」

「後払いでもいけるかな?」


 カッツが目をぱちくりさせる。

 そして、嬉しそうに笑った。


「ハルマが同級生で初めてのツケ払いの相手か。いいぜ。期間は?」

「受け取ってから一週間でお金を渡すよ」

「了解した。それなら、こっちは三日以内に用意する」


 そう約束して、カッツが学校に黄色い宝石を持ってきたのは、きっちり三日目だった。



 ***



 ミャナンが感心したようにシトリンをのぞきこむ。

 曇りない表面を見て、ほうっと息を吐く。

 隣ではアントレットが、白い手袋をはめて宝石の精査中だ。

 もしカッツが偽物を渡していたら僕はピンチに陥るだろう。でも、彼はそういうことはしないと思っている。

 商人の息子であることを、誇りに思っていることは、いつも伝わってくる。


「見事です。どの依頼もすべて短期間でこなしてきた上に、<回復薬>の依頼を除けば、失敗もありません」

「ありがとうございます」

「これが、今回の報酬です」


 アントレットが白い袋をテーブルに置いた。じゃらりと音が鳴る。

 カッツから前もって聞いていた価格は十分払えるだろう。

 ただ、疑問も残る。どうして、王家の名で買わないのだろう、と。

 学生のカッツが手に入れられるなら、アントレットやミャナンが買うこともできるはずなのに。


「ハルマは、育成校では成績が良い方ですか?」

「え? ……えっと……あまりいい方じゃない……です」


 突然のアントレットの質問に、僕は口ごもる。

 なにせ、クラスでの成績は下の下がいいところだ。特殊な体質のおかげのせいか、マナを扱うことにかけて、僕のひどさを上回る人間はなかなかいない。

 全然、自慢にならないけどね。


「その割には、私たちの依頼をすぐこなしてしまいますね。ハルマ自身がかなりのレベルの探闘者かと思っていましたが……」

「姉さん、ハルマさんにはきっと助けてくれる強いお友達が多いんですよ」


 アントレットの疑問に答える形で、ミャナンがにこにこ微笑みながら口を出した。この二人が姉妹と初めて知った。

 僕も空気を壊さないように、取り繕った笑顔を二人に向ける。

 もちろん心の中はブリザードが吹いている。

 助けてくれる友達? いない。

 友達多い? ほぼいない。

 一瞬震えたポケットのプニオンを、上から軽く押さえた。余計な反応は求めてない。笑うのはあとにしてほしい。

 アントレットが「なるほど」とばかりに頷いた。


「もう一人の買いもの係とは違うタイプですね。悪くありません」

「……もう一人?」


 疑問を口にした僕に、ミャナンが柔和な表情を浮かべてあごを引いた。


「ハルマさん以外に、もう一人雇っているんです。彼女は、どっちかというと、自分一人で何でもこなす人。ハルマさんみたいに、人脈を使うタイプではないです」

「じ……人脈……な、なるほど。僕と違うタイプですね。……あははは」


 とりあえずカッツを人脈の一人に入れておこう。

 でも、どこかで二人の知識を修正しておかないとまずいことになりそうだ。力技しかない僕に、人脈を期待されても困る。


「ナーシィ様を助けてくれる色んな人が増えてうれしいです。あっ! そういえば、今回の依頼を終えたら――って話をしてましたよね、姉さん」

「しました。ただ、ナーシィ様のご体調は……」

「一応、私、聞いてきます。もし起きていらっしゃったら」

「本人の希望を尊重しましょう」


 こくんと返事をしたミャナンが、扉を出て廊下に消えた。

 と、アントレットがこれ見よがしにため息をついた。

 何か話そうとしている雰囲気を感じて、僕は自然と背筋を伸ばした。


「第七王女様のお名前は、イールランド=ナーシィ。れっきとした王家のお方です」


 短く言ったアントレットは表情に影を作った。


「国王様にとっては十三人の息子と、六人の娘に続く、最後の血族にあたります」


 僕は神妙な顔で頷いた。

 王位継承権の最後に当たる人ということだ。つまり、まったく王位を継ぐ望みがないと。

 アントレットの表情は晴れない。

 第七王女ナーシィに出世を望んでいるのだろうか。


「姉さん、ナーシィ様がお会いしたいと」


 扉からひょっこり顔を出したのはミャナンだ。室内に満ちた空気をうかがうような顔色で告げた。

「案内をしてあげなさい」とアントレットが言い、僕はミャナンに手招きされて部屋を出た。



 ***



「こちらです」

「……隣の部屋だったんですか?」

「ええ……まあ、色々と事情があって。ナーシィ様、入りますよ」


 軽いノック。

 部屋の主の声が返ってくるまえに、ミャナンは扉を押し開けた。

 もっと形式ばった入り方をすると思っていたので、僕は面食らう。よく考えたら制服だし。

 一部屋目は応接室らしい。

 厳かな雰囲気ではなく、庭に置いてあるようなウッドチェアを丸テーブルの周囲に四つ。気楽に過ごせそうな部屋だ。

 ミャナンはその壁際をずんずん進み、奥の扉に手をかける。


「入りますよ」


 返事は聞こえなかった。でも、ミャナンは迷いなく入室し、僕を手招き。

 緊張気味のまま、ぽかんと口を開けた。

 そこには、天蓋つきのベッドがあった。

 初対面の人間を王族の寝室に案内するのか。

 そんな混乱をよそに、ベッドサイドに腰かけていた女性がすっと立ち上がって近づいてきた。

 透明感のある肌、菖蒲色の長い髪。

 清潔な白い衣服。

 だが、それよりも目を引く二つのもの――


「第七王女のナーシィ様です」


 一つ目は、ナーシィと呼ばれた少女の顔に浮かぶ、黒い紋様だった。

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