第57話「あの頃の私が見たら、どう思うだろうか」

   ✻



 その後、透が買い物レジに並ぶ主婦さん達に「まぁ! 綺麗な顔立ちしてるわね~!」と、見ず知らずの他人に散々投げ言葉をされ続け挙句には……「き、綺麗ですね……!」なんて直接言いにくる人まで現れた。


 そして、そんな人達に対して「いえいえ。あなたの方がよっぽど綺麗ですよ」と、何だこの新宿ホスト風な高校生は……と軽く引いた事件が立て続けに起こりはしたが、無事に買い物を終え帰路へと着いていた。


 予想以上に買い物がスムーズに終わり、帰り際の重たい荷物も2人いれば削減される。

 そんな実りのあった収穫だったが、同時にわかったことも。

 ――こいつ(キザなホスト幼馴染)をあの場に連れて行ってはいけないっ!!


「おい……いつまで怒ってんだよ」


「……怒ってないし」


 そう、ただ呆れているだけ。

 何度こいつに言っても信用性は皆無。透の目には、私が『別の要因』で怒っているように映っているのかもしれない。……いや、合ってますけども。本当は怒ってますけども。それが何か? 面倒だろうが素直じゃなかろうが、だって仕方ないじゃん。カノジョなんだもん。


「あのさ……」


「別に、気にしてないし。機嫌取ろうとしても無駄だから」


「……はぁああ」


「……ため息吐きたいのはこっちなんだけど。どうしつければあんたのナンパ癖は改善されるんですかね」


「オレそこまで貞操概念低くねぇんだけど……何かショック。つーか、癖って何だよ」


「癖みたいなもんでしょ。小学生の頃からそうじゃない。所構わず女子に優しくして、少しでもおかしなことがあれば間に入って仲裁して、そんで挙句には『大丈夫だった?』って愛想振り撒いてさ? 本当、これを『恋情』だと間違える女子が出てくるのは違いないでしょ。それなのに当の本人は無意識、それも全く心当たりがないと来たもんだ。……これはもう、一周回って鈍感を越えてるわよ。今すぐハーレム主人公にでも転職したら?」


「今しがた身に染みたわ。ここのサポートセンターに相談はしない方がいいってな」


「どう? 少しは自分の行いを振り返ったらどうなの?」


「何でそんな犯罪者を見るような冷たい視線なんだよ……」


「そりゃあねぇ……。他クラスからも人気が一定層あった上に、その密かに秘めた憧れを気づきもしない内に恋情へ変えさせる。これをハーレム野郎と言わずして何て言うのよ」


「ハーレム主人公に謝って来いや」


「これを『癖』だと言わずしてどう言うわけ? 私には、今しがたの行いと過去の行いを合算したら、そういう結論しか出てこなかったけど?」


「散々な言われようだってことだけは理解したわ」


 ほぼ八つ当たりのようなものだ。

 私が見てきた、他の子が感じてきた『事実』は、根底から覆ることはあり得ない。過去はどうやったって変えられない。道筋とは常に1つ。逸れることは世界線を崩すと道理。


 どうしたって“現れた結果”は覆らない。

 神様によって用意された、私達が生きている世界に『変える』という権利は存在しない。


 ただ……描かれた道筋は無理でも、描かれる前の道筋であれば可能。未来とは、“未だ来ていない世界”を指す。即ち、私達に明日があるということは――きっと未来を示す道が完成されていないというのと同義。


 だがそれは先程も言ったように、過去から未来へと綴る場合。


 よって、こいつがしでかしてきたことは、根底から覆ることはまずない。……腹が立つわよね、こういう奴が幼馴染だと。


 もう慣れたけど、最初の頃は本当に理解不能だった。

 何故望んでもいない交流を、わざわざ自分から進んでやらなくちゃいけないのかと。何度も何度も、頭の中を過った。でも今となっては、あれが私達の“生き方”だったとわかる。理解は出来ないけど……知恵が無かったから、誰かのために、普通を演じ、普通を歩もうとする。


「(……本当、バカだったわね。2人とも)」


 結局のところ、これは身に付いた癖なんだ。

 望んで進んだ故に身に付いた知恵、身に付けてしまった知識の結果。


 簡単には離れない、それが癖というもの。

 だからこれは、過去への八つ当たり。透をこんなにした、過去へのちょっとした恨み。そして……ちょっとした嫉妬。


「……んで? どうやったら完全に機嫌直してくれるんですか、美穂お嬢様?」


「そう……ね。過去の行いを今、ここで謝罪するのであれば、それで勘弁してあげる。まぁ、さっきの行いを詫びたところで積み重ねた“出来事おこない”はリセットされるわけはないし? しっかりと証拠として残るけどね」


「うーわ……完全に陰キャの思考じゃねぇか」


「固定概念しない。陰キャが全員恨み辛み抱えてると思ったら大間違いだから」


「じゃあお前の持ってるは、どういう感性に入るんだ?」


「透への殺意」


「怖い……!! この幼馴染、何か普通にオレのこと抹殺しようとしてるんですけど……!!」


 余程の鳥肌を感じたのか、透はさっと私から距離を取る。

 演技だとわかっていても、その言動に思わずくすくすと笑みが零れる。


 彼といる時間は、1人で過ごしたどんな時間よりも大切だ。


 うざいこと、ムカつくことの方が断然多いけど――そんな感情が跡形も無く吹っ飛んでしまうほど、彼の空間は居心地が良い。自然と素直になれる。吐き出していいんだと思わされる。


 昔の口約束なんてのは理由にならない。

 それほどまでに、楽しいと思えて仕方ない。毎日が、発見と楽しさの連続だ。


 ……本当、数年前まで“選択ぼっち”をしてた自分とは思えないほど覆りすぎた言葉だと思う。あの頃の私が今の私を見たら、どう思うだろうか。



『変わったね』と、そう言ってもらえるほど、私は変われたのかな。

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