第53話「他人のプライベートを見た罪は重い」

   ✻



 店長と先輩による解釈違いにおいて、オレは本日のシフト上がりを強制させられた。

 弁解も必要かと思ったが、それはまたの機会にしようととりあえず店内へと戻る。今のまま言ったって、そこには『事実』しかないため弁解しようにも出来ないのだ。

 ……まぁ、しなくたって構いやしないが。


「……お、いたいた」


 カウンターから見えていた美穂の座る席へと歩を進める。

 ストローで中のチョコチップと生クリームも掻き混ぜながら有意義に楽しんでいる美穂の表情は、まるで幼子そのものだ。それがオレのいる店だからなのか、単純にバニラシェイクの美味しさに引き攣られてなのかは本人のみぞ知る、だが。


 そんな有頂天気分になっている美穂の席の側までやって来ると、オレは後ろから肩を叩く。

 瞬間、驚いた表情を浮かべた美穂がくるっと振り向いた。


「び……っ、ビックリしたぁ~……!!」


 まぁこんな反応になるのは必然か。

 さっきまでお前の相手をカウンター越しにやっていたオレが、いきなり私服に着替えた状態で背後に立ってんだもんな。驚くのは無理もないか。


「何やってんの……? バイトは?」


「強制開放させられました」


 リュックを降ろすと、美穂と向かい合う形で反対側の席に座る。

 すると、オレの言葉を受けてか美穂が途端に二ヤリと怪しげな表情を浮かべた。


「なーに? いくら人との付き合い方が巧みなあんたも、アルバイトって形になったらボロ出しちゃって、遂には解雇させられちゃったのかなー?」


「飛躍すんな。後、話しを盛り過ぎだ。情報量が適確じゃない」


「別にいいじゃない、いくら話を盛ったって。所詮は『妄想』なわけだし」


「どんな世界線になったらものの数分で解雇なんて目に遭うんだよ……。まぁでも、そうだな。もし本当にその話が現実だったとしても、随分と手の込んだ策だとは思うが、関心はしないかもしれないな。あまりにも非常理すぎる」


「どうかしらね。もしかしたら、解雇を受けて真っ当になれる人もいるかもよ?」


「一理あるが、それは全国のブラック企業を撲滅させてからの方がいいな。待遇が違う」


「別にそっち方面に広げなくたっていいじゃない。この世に解雇を喜ぶ人間なんて、それこそ世に先立つニートが代表例だと思うけど」


「全国のニートの皆様に謝って来い」


「えっ、必要なの?」


「知らね」


 一連の会話を終え、美穂はバニラシェイクを飲み、オレはスマホを取り出す。


「それで? 結局は何で上がれたわけ?」


「あぁ。なーんか、根回しされたんだよ」


「根回し?」


「……どういう気の利かせ方したのか考えたくもねぇけど、支店長とバイトの先輩がお前のことを『異性同士の付き合い』としてオレと結びつけたらしくてさ。んで、お前がここにバニラシェイクを飲みに来たっていう理由を『オレを待ってる』って変換したって感じになって、待たせるなー的な感じで急かされて上がらされた」


「えぇっと……とりあえず、いろいろとツッコミたいことが多いってことだけはわかった」


 ただオレは、幼馴染としての付き合いが一番長いと言いたかっただけなんだが、どうしてか先輩と店長にとっては、そう都合よく解釈されなかったらしい。


 2人からすれば、異性の幼馴染=付き合ってる――的な認識なんだろうな。


 そもそも、高校生まで付き合いが続く友人自体、かなり稀だって言うし。2人がそこに落ち着くのもわかる気がする。


 別に言い訳をする気はない。現に付き合ってるし、幼馴染としての付き合い(本来言いたかったこと)にしても長いことは変わらないわけだしな。


 ……が、1つだけ言いたいことが。


 バレていないと思っているのか、カウンターの奥、厨房の方からこちらを覗き見る視線が2つ。晴ではないが、人の気配にはかなり敏感で『見られている』という認識が確定すれば、何となく、気配でわかる。


 実際に見えてはいないから確かな証明は出来やしないが、様が手に取るようにわかる。

 愉快な職場なのは良いことだとは思う――が、プライベートを覗き見るな。仕事してくれ。


「……それで?」


「ん?」


「だから、それに対して、あんたはどう返事したのってこと!」


「いや、返事はしてない。無駄に勘繰らせても仕方ねぇし、それに、先輩には少々お灸をすえる必要がありそうだったからな。その辺のことはまとめてやってやろうかと……」


「ほ、ほどほどにしてあげなよ……?」


 それはどうだろうな。

 たとえ美穂の言う通り、反省という名のお灸をすえたとしても、それは勝手に言いふらしたことに関して。でもこれは、口止めをしなかったオレにも原因はあるから抑えるつもりでいた。……が、状況は一変した。


 そう、という行為でだ。


 プライベートを見た罪は重い。

 人が隠したがるプライベートには、様々な『証拠』が詰め込まれているものだ。


 それを見るというのがどういうことか……今度、ばっちり教えないとな。バイトの先輩だろうが、確か1個しか違わなかったはずだしな。……ふふっ。

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