第54話「幼馴染との、ひと時の休息」
「そういえば透、お昼は?」
「言われれば、まだだったな」
ずっと表に出てたし、今日はシフト入ってる人数が少ない日だったからな。
こういう休日にこそ人手は欲しいものなんだが、個々にもいろんな事情があるだろうし、その辺はオレが文句を言う領域じゃないだろうしな。
「うーーん。だったら、ここで済ませよっか! 私もまだだし!」
「そうなのか。――って! お前何時からここに居んだよ! もう2時になるんだし、早めに済ませとけよ……」
「別にいいでしょ? 私のプライベートを私がどんな風に過ごそうが」
「いやまぁ……そうだけども」
「それに元々、透がバイト終わるまで待つつもりでいたし、あわよくば一緒に食べよっかなぁって思ってたから丁度良かった」
「おまっ……!」
「ん? それともなぁに? バイト疲れで空腹状態の奴を横目にご飯を食べろとでも?」
「悪の権化かよ」
「ってなるでしょ? ……それに、1人で食べるより、2人で食べた方が美味しいですし?」
「……っ、……それもそうだ」
1人より誰かと食べる方が美味しく感じる。
誰もが良く聞く決まり文句だろうが、あまりピンとこない人も多いだろう。寧ろ、1人で食べたいと思う人もいるかもしれない。
けど、オレと美穂は違う。
誰よりも実感している。――誰かと一緒に食べる方が、何倍も美味しいってことを。
「ふふ、感動した?」
「それを言わなかったら満点だったかもしれねぇな」
「えぇぇ!? そりゃないよーーっ!!」
正直、騙せるか騙せないかの瀬戸際だった。
……まったく、油断も隙もない。無意識で向けられる天然力に溢れた笑みほど恐ろしいものはない。破壊力抜群。本っ当……タチが悪い。
だが何よりも、オレのことを気にかけてくれる美穂だからこそ、オレは好きになったんだ。
こいつの抜けた性格も、ツンデレっぷりも全部……好きでいられるんだ。
「んじゃ、注文してくるから何食べたいかだけ教えてくれるか?」
「えっ、ちょっと待って?」
席を立った途端、美穂に「待って」と止められた。
「どうした?」
「いや、そうじゃなくて……。あんた、ここで食べていく気なの?」
「そうだろ。さっきまでの会話は何だったんだよ」
「そうじゃなくって! バイト先からお金貰ってるのに、そのバイト先に支払う気なの?」
「……えっ? だって、何も食べてないって」
「うん。そうは言ったけど、私は別に『ここで食べる』とは言ってないよ?」
「…………あっ」
盲点だった。……いや、そもそも指摘を受けるまでその考えさえ浮かばなかった。
別に経済のサイクル上、職場先に金銭を支払ったとしても何ら問題ではないし、そもそも職場先でご飯を食べようと思うのは、さも当然の発想と言える。
だが、今の状況とその状況は、必ずしも『=』で結ばれるとは限らない。
……そう。オレがしようとしていたことは、職場に稼いだお金を寄付するのと何ら変わりがないということなのだ。
「しまった……」と思わず肩を落とし、オレは席に力を抜いて再び座った。
「はぁ……。凪宮君とかもそうだけど、どうして一筋に『天才』って
「いや! オレよりあいつの方が抜けてるからな! 一緒はさすがにメンタル傷つくぞ!」
「それ、もし凪宮君が聞いてたら今頃投げられてるわね……」
「ゔぐっ……。と、とにかく! オレはあいつと全く違うからな!」
「いーや、意外とそっくりだよ。自覚しない方がいいとは思うけどね」
美穂は
『凪宮晴斗』──オレ達の通う高校、
一見は大人しそうに見える彼だが、その実──幼馴染である『一之瀬渚』とは昔馴染みの知り合いであり、本来であれば首席の座は一之瀬ではなく、彼にあったほどに成績優秀。そして本人は頑なに認めようとしないが、様式美を兼ね備えた眉目秀麗でもある。
しかし、晴はまったく目立とうとはしない。
クラスの中では完全に海を漂流する浮き輪状態。流れに身を任せ、その流れに従って動くプログラムのような奴……と、そう思っていた時期もあった。
だが中学1年の頃──オレは晴の抱えているものを知った。
何があったとかは訊かない。本人の意思は本人のもの。他人がどうこう口を挟むべきものじゃないだろうしな。だがそれでも、はっきりとしたものがある。それは、あいつは自分のことを無下に扱っているということ。そしてその対価を、全て一之瀬に向けているということだ。
幼馴染としての風格が恋人同士になった今でも残っているのは確かだが、それ以上に、その殻を破る鍵が無いというのもあるんだろう。
……見ていると放っておけないんだ。
まるで、何もかもを耐えるしか頭に無かった、かつての自分を見ているようで──。
(……まぁでも。そう考えたら、オレと晴って少しは似てるのかもしれねぇな)
完全に納得したわけじゃない。が、それでも美穂が言おうとしていたことが、何となくわかったような気がしたんだ。オレと晴は『孤高』で『孤独』な生き物だと。
「…………。……仕方ないから、私が買ってきてあげる。そうすれば手っ取り早いし」
すると、オレが考え込んでいることを察してか、単なる偶然か気まぐれか、美穂は財布を片手に席を立った。
「えっ、でもお前今日だけでバニラシェイクいくつ飲んだと……」
「そういう発言は、レディに失礼なんだぞ。それに、今は『お昼』なんだから、別に誰が払おうと関係ないでしょ?」
「……わかったよ。それじゃ、後で払う」
「うん。よろしい」
「そこは意地でも『奢る』と明言しないところが、実にお前らしいというか残念な部分というか……」
「ちょっと? 前半はともかく、後半明らかに悪口だったでしょ!」
「悪口だった、じゃなくて、悪口なんだよ」
「……本当、どんだけタチ悪いのかしら。この幼馴染野郎は」
「それはもうお互い様じゃね?」
それから数分が経過し、オレ達が繰り広げた漫才コントに終幕のベルが鳴った。
お互いにある信頼関係はもちろんだが、まるで『親友』とふざけ合うようなやり取りが出来てしまうところは、やっぱあいつらとは違うんだろう。2人は、どっちかと言うと必ず片方は折れる組み合わせだしな。オレと美穂みたいに、どうでもいいことでも意地をぶつけ合って結論が出ない……なんてのは、ほとんど見たことがない。
そう考えたら、やっぱオレ達の喧嘩は単なる意地の張り合いなのかもしれないな。
「はぁ……。んじゃ、ご注文をどうぞ? お客様」
「何でお前が店員になってんだ」
「さっきと違うパターンを……と思って?」
「疑問形にするな」
自分でも上手く言葉をまとめきれないのか、あやふやな返答だった。
おそらく、オレがしたことの真似か何かをしたかったんだろう。どれだけ表面を頼り甲斐のあるお姉さんに仕上げたとしても、かなり大雑把で、まだまだあの頃の面影は残っている。
図書室での『受験する』宣言には驚かされたが、どれだけ時が経とうと、美穂は美穂だ。
それ以上も以下もない。――オレが側に居て欲しいと、本気で願った相手であることは。
「あっ、そうだ。この後今日の晩ご飯の買い出しに行こうと思ってたんだけど、透は何が食べたい?」
「付き合うことは確定事項か」
「当然でしょ」
「左様ですか……。そうだなぁ、コロッケとかどうだ?」
「お、いいね! 最近作ってなかったし、今日はそれにしよっか!」
注文したハンバーガーとポテト、そしてドリンク(ジュース)を飲食しつつ、数時間もの有意義な時間を過ごした。その間、ずっと厨房の方から視線が途絶えることなく送られてきていたが、気にするだけ無駄だと悟って見て見ぬフリをすることにした。
その代わり――先輩、絶対覚えておいてくださいね?
……にしても、こうして2人で外食するってのも偶にはいいかもしれないな、新鮮で。
けど今度は、職場以外で頼みたいものだ。と、心からそう思った。だって落ち着かないし。
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