第六部

第49話「ずっと、一緒に、これからも隣にいることを」

 ◆藤崎 透◆


 時は金なり。

 言い換えれば〈タイムイズ・マネー〉と言うが、お金が欲しければ働くべし。働いた時間に応じて報酬を受け取れる。学生の中でその手段が取れる最も最適解な方法、その一環こそがアルバイトなのではないだろうか。



 そして人はこう言うのだろう――『働かざる者食うべからず』と。



 オレの両親は共働きで、園児の頃の迎えは全て夜遅く。

 そしてそんな状態は、オレが小学校へ入学してから更に悪化していった。別に家庭環境が悪いわけではなく、ただ2人共、オレとの生活を守るために夜遅くまで働いているだけ。それが深夜帯だったとしても。


 そんな家庭状況を、周りは当然のように『異端』として捉えていた。

 小学生からすれば、家に親が居るというのはごく普通のことで、遅くても自分が起きている内に帰って来ることが当たり前で……。けどオレの家は、そうじゃない。


 あろうことか、帰って来るのはいつも深夜帯。

 そんな時間まで子どもが起きていられるはずもない。


 同年代の子を持つ親からしてみれば、オレの家はそれだけ普通ではなかった、ということなんだろう。


 結果、根も葉もない噂ばかりが飛び交い続け、そんな状況がオレには苦でしかなかった。


 だからオレは『普通の子』ではないと言わせないために、猫を被ることにした。優等生を、みんなから好かれる人間を演じてきた。



 ――だがそれも、あくまで過去の話。

 オレは今、これまで通り『鍵っ子』生活は持続中なものの、少し……いや、だいぶ有意義な生活を送れている。


 発端など既に懐かしい。

 最寄り駅近くの高層マンションのお隣さんで、学校内で時折姿は見かけていたものの、あまり接点などなく、単なる『お隣さん』の関係だったオレ達。


 誰でもいいから側に居て欲しい。


 誰にも迷惑をかけてはいけない。


 そんなヤケくそな生活を送っていた中、オレ達は出会った。否、初めてお互いに関わりを持ったというべきだろうか。


 単なる好奇心から始まった趣味が、まさかこんなにも自分を変える出来事になるとは思ってもみなかった。


 いつものように本屋へと通う日々。

 そんなある日の帰り道……というより、部屋の前で。

 ランドセルを抱えたままうずくまるお隣さんと出会うことになるなんて――。



 一体何事? と思う半面、少々不気味でもあった。


 その頃の彼女のことをほぼ何も知らなかったオレではあったが、彼女の噂であれば、度々耳に挟んでいた。姿だけなら、1人で教室の端っこに座っているところしか見たことがなかったし、早帰りしたかと思えば夕暮れどきの教室にもまだ残っていたり。噂通り『1匹を好む狼』という感じだった。


 さすがにお隣さんという現実から背くのが少々いたたまれなくて「大丈夫?」と声をかけたのだが、何の反応も示さなかった。さすがにアレには驚いたっけ……。


 その後も何度も声をかけ続け、ようやく事情を訊き出すことに成功した。


 彼女――佐倉美穂は、初対面であるはずのオレにもかなーりツンツンしていた。

 おそらくこれが彼女の『素』なんだということも、オレとはまったく違った境遇で、良く似た性格だということを、そして――お互いが同じ『鍵っ子』であるのだということを知った。



 ――そ、それじゃあ……一晩、だけ



 そんな言葉から始まった、オレと美穂の生活は、お互いに足りなかったものを埋め合い、共有し、次第にお互いの存在が何よりも『依存』に近いものだということに気づいた。


 そしてそれを――オレ達は『恋情』として抱いていたものだということを。


 一刻、また一刻と時は流れていき、出会ってから約6年が過ぎた今現在。

 高校生となったオレ達だったが、あの頃の関係が切れたことなど一度もなかった。偶には喧嘩もするし、噛み合わないことがあればすーぐにもめる。そんなと同じようにして過ごしてきた。


 普通依存としての関係はそう長く続かないとされている。

 片方のメーターが自分のメーターと1ミリでも溢れ出せば、呆気なく空中分解する。依存とは、負荷をかけること。相手に、自分から負荷を与えるようなものだからだ。


 けれど、オレ達にはそれがない。それはどうしてか?

 ……多分、友達ではなく『恋人』になったという点だろう。負荷をかけれる限度を無意識の内に増やしていたんだろう、オレ達は。お互い、負荷をかけてもいい相手を見つけたが故に。


 まぁとにかくだ。

 オレは今や恋人となった幼馴染と過ごす日々が、楽しくて仕方ない。高校生になってからは尚更だ。あの2人と総合的に関わるようになったから、という点もデカいだろうが。


 何よりも、あいつが可愛いのがいけないと思うんだ。


 ……本当、何であんなに可愛いかな。クラスにいるときとか一之瀬といるときは、頼れるまとめ役って感じなのに、いざ蓋を開けてみれば中々素直にならないツンデレっぷり。きっとこれが『独占欲』というものなんだろう。


 今まで誰かが側にいてくれれば、1人でいることさえ避けられればそれでよかったはずなのに――そんなオレが、今や他人に独占欲を抱いている始末。こんな進化、一生無いだろうなと思ってたんだけどな。境遇が似ているせいなのかもしれない。互いが1人になることに対し、ちょっとした孤独感を抱いているからかもしれない。


 ……けど正直、何だって構わない。


 彼女が隣にいてくれるなら。


 それだけで、オレには一生分の価値が生まれる。




 だから約束しよう――。


 ずっと、一緒に、これからも隣にいることを。

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