第37話「幼馴染は、違和感を抱く」(美穂の場合②)

「………………」


 ま、まさかとは思うけど……。

 私は、藤崎のことが、す、好きだったり、してるのかな……? 自分の感情のはずなのに、誰かに乗っ取られているような、普段とは真逆の精神状態に違和感が途絶えない。


 ごくり、とつばを飲み込む。

 よ、よし。少し落ち着いて整理しよう。シフトチェンジ、ダイジ。


 ……確かに、藤崎には今の居場所をくれた恩義がある。それに一概にも、嫌いとは言い切れないのもそう。生まれ育った家庭環境が違ったり、考え方が違ったりもするけど、そんなものは誤差の範疇に過ぎない。少なからず、感謝している点は認めるほかない。


 け、けどね……? い、いくらなんでも、話が飛躍しすぎちゃってませんか??


 だって、恋愛に年齢の差なんて関係ない――という言葉以前に、まだ知り合ってたった『半年』しか経ってないんですよ?

 恋を自覚するにはまだ早いとか、そんなこと言ってる場合でもない。


 そこに存在する不確かな感情が示す行き先は、ただ1つ。



 ――こんな短期間で、どうやったら彼のことを好きになるのよ。



「(……ん? あれ、ちょっと待って。そう言えば私、何でこうも男子の家に頻繁に出入りするようになってるんだっけ……?)」


 頭の中に唐突に湧いた疑問。

 あまりにも自然な流れで忘れかけていたこと。

 それは、彼との不自然で、どこか運命の出会いから始まっていた。




 藤崎と出会った日――私は、親が出張だと知っていたはずなのに家の中へと入れる唯一無二のアイテム『鍵』を置いてきてしまった。アホすぎる、あのときの私。


 だけど、忘れたものは忘れたと同義。その過去を改竄かいざんすることは不可能。

 よって――私は家の前で野宿するという、一種のキャンプ感漂う奇妙な野宿生活を理不尽にも強いられてしまった。


 ……まぁだからって、ここから何とかしようとは思わない。

 自分で取った行動のはずが、今では意味不明な行動だったと理解が出来ない。


 私は両親に、特に連絡を入れようとは思わなかった。管理人さんに頼めば、何とかしてくれたとは思う。でも、スペアなんて預けてないし、こんな小さなことで両親を呼び戻そうとも思わなかった。


 迷惑はかけたくない。


 私のことで……もう喧嘩してほしくない。


 小さかった頃の記憶というのは、今になっても覚えているものなんだとこのとき改めて実感した。本当、バカだと思う。家の前に座り込んだりして。知らない人に声かけられたらどうするつもりだったのか。――でも、それを考えられないほどに、私は無心だった。親に連絡を入れるのが馬鹿々々ばかばかしかった。


 だから、こうやってするしかなかった。

 私に残された、たった1つの選択肢だったから――。


「…………暑い」


 季節は夏。

 今日の気温、30度前後だったっけ……。夕暮れだから少しひんやりした風が吹き始めたものの、圧倒的までに太陽からの日差しが全身を包み込んでいた。


 どうしよ。早くも絶望的かもしれない。

 そんなことを思っているときだっただろうか――。



「えっ、えぇっとぉ……。君、そんなところで、何してるの? 大丈夫?」



 彼が……藤崎透が話しかけてきたのは。


 鼓膜に届く声には、僅かな緊張が含まれている。きっと、不審者を目の当たりにしたような気分になったんだろう。

 実際、私が今の自分を見たら真っ先に逃げ出してる。

 絵面的にも不審すぎるだろうし。


 けれど――彼は私の側から動こうとはしなかった。

 何の褒美が目当てなんだと、最初は疑いもした。何しろ、視界の端に映り込んだ彼の容姿や名前には聞き覚えがあったから。


 学校内では有名の的であり、彼のことを知らない同級生の女の子は存在しなかったほど。そして、それと同じように『友人』として彼のことを純粋に慕う男子も数多く存在していると。


 だからこそ私は、警戒心を剥き出しにした。

 こんな有名人だからこそ、きっと本性はろくでもないのだと。勝手にでも、決めつけてしまっていたから。

 ……でも。だとしたら何で、そこから動こうとしないんだろう。


「どうしたんだ? 家、入らないのか?」


「………………」


 ……何で。


「それとも、何か家に入りたくない理由とかでもあるのか?」


「………………」


 ……どうして、話しかけてくるの。

 無視してるんだから。あんただって、無視すればいいじゃない。


 たとえ誰にどう思われようと、私は『出来事』に私自身が関わらなければそれでいいんだから。私のせいで……誰かが迷惑と思うことが、1番嫌いなのに。何で……話しかけてくるの?


 私のことなんて、変な奴と思って無視すればいいじゃない。

 ……なのに。何で。


「……おーい、佐倉?」


「………………」


 まさかの呼び捨て!? さっきまでさん付けだったじゃない。

 正直言って、しつこいと思った。

 でもそれ以上に、どうしてか心に罪悪感が押し寄せてきた。


「…………れた、の」


「……えっ?」


 そして気づけば、自然と言葉が零れていた。


「……だから。……かぎ、忘れたの」


 どうしてかわからなかった。


 見知らぬ他人に、いや、一方的に知る話したこともない同級生に、気づけば自分に起こった出来事を話していて、それでいて、気づけば彼の優しさに手を伸ばしていた。


 聞くところによると、彼も私と同じだったらしい。

 否、厳密に言えば体感したものや、味わった孤独感・虚無感などの一部を除いては、だろうか。


 感じるものは人それぞれ。

 体感も、重みさえも違ってくる。


 ……けど、そうかもしれないと思った。味わった時間は変わらない、覆ることはないけれど。それでも――私達は『似た者同士』だと思ったんだ。




「…………」


 脳内をよぎった記憶が、一瞬にして地平線の彼方へ姿を消す。

 我に返った私は、極度の体験たんに思わず顔を伏せてしまった。……いや、いやいやいや。確かにね、感謝はしてる。してるけどぉ~……。


 これが『恋心』と結びつくものなのかなんて、そんなのわかるわけない。私バカだし。

 何なら、立証してみる……とか?

 でも、何の根拠もないし、そもそも確かめるって言ったって何をしたらいいのか――。


 と、そんな考えを巡らせる中、ふと彼と目が合った。


「~~~~~~っ!?」


 しかし、目が合った瞬間、私は言い知れない謎の感情から背くように視線を外してしまう。

 あまりにも突発的すぎた行動に、脳内処理が5秒間、停止した。



(え、えぇええ…………えぇえええええ――――――っっ!?)



 目が覚め、自覚したもの。

 それは不思議なことに、味わったことのない『緊張』によるものだった。


 頭の中が真っ白になり、思考経路は全面シャットダウン。シンクのふちに両手を置きながら、私はパチパチと何度もその場で瞬きを繰り返す。


(う、嘘……。こんな、こんなことって……)


 直面した現実からか、これ以上の言葉が出てこなかった。


 1人でいることが楽だと思ってた。


 1人で過ごすことが苦痛だと思ったことはない。


 他人ひとに、迷惑をかけることが嫌いだった。


 ――なのに、どうして? 誰よりも他人ひとと壁を作ってきたはずなのに。理想から遠のくこの感情の振れ幅に、まったく思考が追いつかない。


 藤崎と目が合った。

 たったそれだけ……なのに。……どうしてこんなに、心臓がうるさくなるの!

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