第36話「幼馴染は、違和感を抱く」(美穂の場合①)

 ◆佐倉 美穂◆


 藤崎と出会ってから約半年。

 今ではすっかり彼の行動にも性格でも感覚が慣れてきてしまったせいか、彼の前でだけは素の自分で居ることが多くなった。


 あんな奇妙な出会いを果たしたというのに、何故だか藤崎と過ごす日々は日をまたぐごとに充実していって……正直に言って、今までにないほど心が満たされているのがわかる。


 こうやって同年齢の男子と遊んだことなんて無かったし、こうして家に入ることも無くて。

 ましてや、こうして誰かと遊ぶだなんて、一体いつぶりのことだろう。

 半年前の私が見たら、きっと想像も出来ない『進化』かもしれない。


 今では私と藤崎の家を互いに泊まり合いして、もうただの『お隣さん』とは呼べなくなっていた。

 多分、あいつにとっては『友達』という感覚なんだろうけど、私としてはそれ以上に、あいつのことは『親友』と呼べる感覚に近くなるほどに膨れ上がっていた。


 元々は1人でいる方が楽で、誰かに迷惑をかけることなく生活したかった私だったけど、今では他人と関わってみたいという『意志』が芽生え始めていた。


 これも全て藤崎のお陰だ。

 とはいえ、クラスメイトのみんなからはまだ一匹狼のイメージが強く根付いてしまっているせいで、中々声をかけることも叶わないけど……それでも私にとっては激的な進化だ。


 一体誰がここまで進化すると思うだろうか?

 自分自身でさえも驚いているというのに。

 ……だけど、時折脳裏に過るのは、どうして一緒にいることにしたのかという疑問。


「なぁ、これってどこだぁ?」


「ん? 燃えないゴミで」


「適当なこと言うなよ……」


 それに、私達は『鍵っ子』と呼べる共通点があって、それに心が動かされているところも正直言ってあるのかもしれない。

 けれど、私が今ここにいることと、彼との出会いはイコールで成立し得ないのも事実。


 約束なんて所詮は。――破ることなんて容易たやすいもの。


 でもそれをしなかったのは、藤崎と一緒にいることを“自分自身”が望んだから。

 単に言えば、ただの好奇心なだけなんだろう。いつかこの気持ちが自然消滅することだってあるかもしれない。ただそれでも――私の『迷惑』さえも受け止めると言われたら、ね。


 ……本当、あの頃の私はちょろすぎないかと思わざる得ない。

 でも、藤崎と過ごしていく日々は、何もかもが新鮮で、放課後という僅かな時間だけでも今までになかった『幸福感』を感じていたのは確か。


 だから一緒にいる。

 彼の隣には、不思議と面白い話が転がっているから。現に、この部屋の荒れ具合だって。


「まったく……どうすればこんなに汚くなるのよ」


「汚いんじゃない。整理せいとんが出来てないだけだ」


「もっと最悪じゃない……」


 藤崎と一緒に時間を過ごしていく内に、彼のことがいろいろとわかってきた。


 まず、学校では読まないけれど本が好きだということ。毎月出る新刊とやらをよくサイトを開いてはチェックしているみたいだし、その日の放課後には一度帰宅してからすぐに本屋へと買いに行く始末。それだけ夢中で、真剣ってことなんだろうなぁ。


 正直、読書は陰キャラが趣味にするものと解釈していた。

 実際に陽キャラの藤崎が学校で本の話してるところか、廊下ですれ違っただけの限定に絞ったとしても聞いたこと無かったし。


 だから、そういうメディアミックスのことは陰キャラの取り分なんだろうなー……と勝手に思っていた。


 ――しかしそれは


 小説を読まないのは単純に、そういう分野に興味が無いため。

 藤崎を見て、自分の中に固定されたイメージが変換されて、今はその結論に至っている。


 そう考えれば私だってそうだし、たとえ手を伸ばしたところで……ではあるのかもだけど、彼が時折見せる嬉しそうな微笑みを見ると、きっと面白いんだろうなぁーと思うこともある。


「ったく……どう整理すればいいんだぁ?」


「…………」


 ベッドの上に山積みにされた本を見ながら、藤崎は重苦しいため息を吐いた。

 ……ああいうのを見てると、本当に好きなんだなぁと思わされる。


 国語の教科書にも載っている有名な物語にだって、面白い話や悲しい話、喜怒哀楽を引き出されるものはたくさんある。でも多分、彼が小説にハマった要因は、また別の話なんだろう。


 藤崎をあんなにも楽しそうな表情にさせるにはどうすれば……――――って、んん?



 ……今。私何考えて……ってか、何想像したの!?

 な、何か、考えちゃいけないようなこと考えませんでした……っ!?



 い、いやいやいや!! べ、別にそういうことをするのはまだ早いだとかそういうのじゃなくて! た、たった半年間しか知り合ってない藤崎に、私は……何を求めてるっていうの?



 居場所をくれた。


 一緒に居てくれると約束してくれた。


 迷惑をかけていいと教えてくれた。



 ……これだけのものを与えてくれて、趣味も性格だって全然違うのに、嫌がらずに私と一緒に居てくれて。それだけで、もう十分満たされているはずなのに……って、キモいよ!! 恋する乙女か私は!! 世紀末に帰りたい――っ!!

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