第31話「幼馴染たちが、出会うまで③」
ランドセルを抱えたまま蹲り続ける佐倉さんと話して数分程。
と言っても、一方的にオレから話してるだけなんだが……その全てに対して、ぜっっっんぜん反応してくれないし喋ってくれないっ!!
理由を訊こうとするも、これ以上何か踏み抜いたらどうしようと委縮してしまう。
はぁ……会話が全く成立していない。
「…………れた、の」
「……えっ?」
「……だから。……かぎ、忘れたの」
「えっ、鍵? ってことは、家に入れなくてずっとここに座ってたのか?」
「…………うん」
なるほどな。そりゃ言いずらいわけだ。
つってもこの時間帯じゃあ、管理人さんは業務外だからいねぇし、かと言ってこのまま家の前で親が帰って来るまで待たせるのもな……。
と、そんな考えが浮上した直後、ある1つの『違和感』が生まれた。
いつもオレは佐倉さんの家の隣で生活しているわけだが、先程の通り、佐倉さんが隣に住んでいることを忘れてしまっていたほどに、彼女の家からは生活音が聞こえてこないのだ。
普通であれば気づかない違和感だけど……1人で、家族と過ごす時間がないオレにだったら聞こえても不思議ではなかったはずなんだ。
――が、それすらも聞こえなかった。
……となれば。佐倉さんの置かれた立場を、必然的に想像出来てしまった。
勘違いかもしれない。けど、覆す証拠も存在しない。
なら……佐倉さんはオレと同じ『1人』だということになるのではないだろうか?
それに、普段はどうしているか知らないが、鍵が無くて家に入れないというのは、些か不思議なのだ。
家の中に出入りしているのが基本、佐倉さん1人だったとしたら、鍵を家の中に忘れた時点で、家の鍵を外からかけることなど不可能なはず。
明らかな矛盾――つまりは、鍵が無くとも佐倉さんは家に入れるはずなんだ。
なら何でここに座っているのか、ということになるが……。
「……お母さん達、今日から出張で。朝はいたんだけど、帰ってきたら、鍵閉められてた」
そんな考えを巡らせる内、佐倉さんの口からボソッと言葉が零れた。……が、それに対しオレは思わず、どデカいため息を吐いてしまった。
いやそれは当たり前だよ!
まさか娘が今日に限って鍵を家の中に忘れるとは思わないよ!
……にしても、想像してた可能性以上に参ったことを言われたな。
「……その出張、いつまでなんだ?」
「……あさって、って言ってた」
「ってことは2日間か……。んで、その間佐倉さんはどうする気なんだよ」
「……野宿?」
オレと同じ小学3年生が何言ってたんだ!!
ここは設備の整ったキャンプ場じゃないんだぞ!! ただの高層マンションなんだぞっ!!
それにしても2日間か。……少し気が滅入るが、困ってる(?)同級生をこのまま見ないふりってのは出来ないしな。何よりお隣さんだし。それに――同じ境遇者かもしれない奴を見捨ててもおけない。
「んじゃあ、その間まではオレの家に上がるか?」
「…………ふぇ?」
「『ふぇ』じゃない。……原始民じゃねぇんだから、こんなところで野宿しようとしてる同級生を放って置けないしな。それに、オレも1人だしさ」
「……あんたも、1人なの?」
も、ってことはやっぱり佐倉さんも『1人』なんだな。……勘っていうのは、ここぞというときには当たらなくて、1番そうであって欲しくないときには効力を発揮する。ハズれを引かせてくれない。
けどこれでいい。
彼女のことを見捨てて置けないのは本当のことだし、何もこんな場所で2日間凌ぐ必要なんてないしな。……それも、オレの家の前とも呼べるべき場所で。
「そ、それじゃあ……一晩、だけ――」
「2日な。一晩って言うな。おやごさんが出張から帰って来るまででいいよ。丁度明日から週末だし、着がえとかはオレのを適当に使ってくれていいから。……嫌だったら、母さんのとかでもいいけど」
「ううん。…………ありがと」
佐倉さんは、ぎゅっとランドセルを抱えたまま、少し火照ったような真顔を向けてくる。
その表情には籠っていなかったが、余程嬉しかったのか、視線を外すとすぐさま口角を上げて微笑んだ。だがすぐに再び顔を埋めてしまった。……
きっと、普段からああいう顔をしないから恥ずかしかったんだろうけど……。
でもどうしてか、あの微笑んだ表情に、微かながらオレの心が揺れ動いた気がしたんだ。
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