第10話「学園一の美少女のモーニングルーティーン」

 完全な陽だまりを迎えるまで、まだまだ先になりそうな梅雨の季節。

 6月には何故祝日がないのだろう。と、全国の人々が思うことだろうけど、私は晴斗と過ごせればいいので困りません。


 私はベッドから起き上がり、軽く髪をブラシでかして部屋を出る。

 リビングへと降りると、そこにはいつも通りの静寂と若干の暗闇が広がっていた。


 私の両親は日中働き詰め、休日には2人でどこかへ出掛けてしまうために、基本家の中には私以外の人の気配は存在しない。とはいえ、居る気配は夜になればあるから、1人なんだと思ったりはしない。


 そう思うと、私にも『きょうだい』と呼べる家族が欲しかったりもする。ほら、隣の家が3人きょうだいだから。それに影響を受けてるだけなのかもしれないけど。


 でも、もし隣人が一人っ子だったとしても同じことを連想しただろう。――1人は寂しい。どんなに孤独な環境に慣れた人であっても、人間である限り、そういった感情はあるもの。


 まぁ私の場合、暇になればいつでも会える距離に居てくれる。

 隣に行けば、いつだってそこには晴斗が居てくれた。


 ……だから、寂しくはない。

 けどもし、相手が晴斗じゃなかったら、私は堪え切れてなかっただろうけどね。


「……よし。これでオッケーっと。後は、サラダかな」


 台所に立ち、朝食を作りながらそんな干渉に浸っていた。

 家に誰もいないのだから、当然ながら朝ご飯は自分で作る必要がある。偶に作っていってくれることもあるけど、あの忙しい両親にそんな時間が出来るのは限られるから、そこは諦めるしかない。それに、何だかんだで自分で作った方が早いからね。仕方ないね。


 レタスを千切って水で浸し、ハムを切ってトマトをスライスしてトッピング。

 ご飯前にサラダを食べると健康的になるらしく、食事を用意する前提に簡単なサラダが最近になって付け加えられた。


 だって朝だよ? 眠いんだよ?

 そんな状態でどうやって凝ったものなんて作ってられない。


 朝は誰だって手抜きをしたくなるもの。何よりも、私は一流料理人でもなければ、パティシエでもない。一般の高校生に過ぎないのだから。


 と、自身の中で文句を並べる中でも作業は進み、気づけば朝ご飯を完食していた。

 片づけをし、身支度を整えるために部屋へと戻りタンスの中を漁る。


 今日は休日。よってラフな格好がベスト……ではあるんだけど、今日はお隣さんの長女『凪宮優衣』ちゃんの家庭教師の日だったりする。だから手を抜くわけにいかないのだ。

 ……私って、単純すぎるなぁ。


 心の中で喜びの舞を踊る私。その理由は明白で、家に行ける口実が出来て嬉しい。たったそれだけ。たった一言でまとまる簡潔な理由。実にわかりやすいなぁ、と自分で思う。


「……でもでも! 今日はあくまで家庭教師だもん! うん、いつもでいいのいつもので!」


 そう言い聞かせ、私は服を手に取る。

 白のレースシャツに上には半袖パーカー。下は膝丈より少し上の短パンを履き、その中には露出問題と日焼け対策にと器用している黒タイツを履く。……どこがいつもの格好よ、めちゃくちゃ意識してるじゃない! もう、私のバカぁああ~~~!!


「だ、大丈夫……だよね。うん。いつもの、いつもの私。しっかりしなさい、一之瀬渚! 私はこれから家庭教師で隣に行くの! 晴斗を、ゆ、誘惑しに行くんじゃないんだから……!」


 再度自己暗示をかけ、ゆっくりと深呼吸を入れる。

 そして、鞄と昨日の夜に作ったおすそ分けのクッキーを持って家を出る。


 現在時刻は午前11時過ぎ。

 今日は梅雨の時期というには日差しが強い方だったが、すぐ隣なのだから歩いて10秒ぐらいなので汗1つ搔いていない。


 けどさすがにこの暑さじゃ、晴斗は部屋の中で引き篭もってそうだなぁ。後で顔出そっと。


「……お邪魔しまーす」


 私はそう言って、いつものように玄関の扉を開ける。

 不用心なのか、私が来ることそのものがわかってるのか知らないけど、休日はいつも扉には鍵がかかっておらず、夜まで開放状態なのが通常。いつか空き巣に入られそうで気が気じゃない。


 凪宮家へと入ってすぐに感じる蒸し暑さは、夏に近づく証だろうか。

 だからと言って、いつまでもここに長居したくはない。

 そう思い、玄関から家に上がろうとしたそのときだった――。


「………。……え、っと。優衣ちゃんの……だよね?」


 玄関の靴置きに普段あまり見かけない小さめの靴があった。それも……女物の靴が。

 一般的なスニーカーだけど、色は明るめのだし足のサイズが晴斗のとだいぶ違う。丁度優衣ちゃんがこれぐらいのサイズだったような……。


 過去15年間――最早数え切れないほどこの家にお邪魔している私でさえ、こんな靴を見た覚えがない。と、なれば答えは1つ――この家に、優衣ちゃん以外の『女子』が上がり込んでいる!?

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