第七部

第60話「夢の中で、私は離れていく彼に手を伸ばす」

 ◆一之瀬 渚◆


 小さい頃からずっと隣にいる存在。そんな、自分の半身とも言えてしまう存在が居るだろうか。


 それこそ、ライトノベルに出てくる『幼馴染』を指す人が多いだろう。もしくは家族、兄弟、友達、それ以外かもしれない。

 しかし現実、中々幼馴染という存在が出来る確率というのはどれほどのものなのか。


 男同士、女同士であれば同性であるがために話も合い、付き合いが長く続く可能性は高いと言える。ましてや近所であればその確率は上昇する。


 だがそれがもし――異性同士であればどうだろうか?


 GLやBLと言ったものでない限り、異性同士の恋愛はごく普通のもので、誰しもが体験する可能性を秘めている。

 逆に言えば同性同士というのが珍しいのかもしれない。


 周りからは『おかしい』『信じられない』と、人そのものを拒絶するような言葉を発せられる可能性があるだろうし。でもそれは悪いことだろうか? 異性同士が恋に落ちるのと同じように、同性同士にそれがあって何がおかしいと。そう思ったりする。



 ――さて、話を戻そう。


 異性同士で幼馴染というシチュエーション。これをどう捉えるだろうか?


 小さい頃からの付き合いで、他の同性または異性よりもその人のことを知っている。

 付き合ってきた年月、関わってきた時間。それらは即ち、経験値となる。誰にも勝り劣ることがない。――それが当たり前だった。


 現に私もそう。

 誰よりも幼馴染のことを知っている。勝手な意見かもしれないけれど、私以外に彼との時間を越えてくる女性などいない、


 信じて疑いもしなかった。

 隣に居るのは私が自然だと。たとえ周りにどれだけ反対されようとも、どれだけ似合わないと拒絶されても……今度こそはと、離すつもりは一切無かった。


 ……無かった。そう、過去形である。


 そう思ったのは、つい昨日の出来事だった――。

 私は野次馬という名の群れに囲まれてしまったわけだけど、その発端となったのは立場だけのせいじゃない。幼馴染である晴斗が、私をそこに放ったのが原因でもある。


 けど、無理もなかった。

 私と晴斗の立場はまさに天と地。カースト制度で言えば1軍と3軍のようなもの。たとえ幼馴染だとバレていようとも、決してそれ以上じゃない。幼馴染=恋人、なんて絶対的な方程式は存在しないのと同様に。


 ……だけど、それがショックじゃなかったかと答えれば嘘になる。

 仮にも彼氏なわけだし、少しくらい離すことを躊躇ったりしてほしかった。小声でもいいから「行くな」ぐらいの抵抗は見せてほしかった。


 こんなことを考えてしまう私は、やはり幼稚なのだろうか。


 だからこんなにも……どうしようもなく胸が苦しくなるのかな。

 烏合の衆から抜け出し、彼の元へと駆け足で向かったのはいいものの、そこに広がっていた衝撃の光景は、呼吸を忘れるほどに異様で、平然と隣を陣取る彼女に思考が停止した。


 ……思わず夢に出てきてしまいそうだった。


 見たこともない女子が突然現れて、自分の彼氏と楽しそうに喋っている。そんな光景を見せつけられれば、誰だってこんな感情になるのではないだろうか。

 しかも、初対面とは思えないほどの仲良しな様子で。


 けれど私が思考停止に陥ったのは、彼が私以外の女子と隣同士で話していたのを見てしまった――ということではなく、その光景をさも“自然なもの”として捉えていた自分がいたことにだった。


 隣に座っていた彼女は、茶髪のショートヘアで眼鏡を掛けていて、どことなく陰キャな雰囲気を醸し出していた。

 ……そしてどうしてだか、彼はこういう性格の子には好かれやすい。


 きっと隠してきた者同士、察した部分というのがあったのかもしれない。でもそんなことは今に始まったことじゃない。別にあんなの、いつものこと……いつもの、こと……――そう、思いたかった……。



 ――どうしてよ



 ――どうして貴女なんかに



 ――どうしてそこにいるの



 嫉妬よりも深く、根強い独占欲の沼底に沈んでしまいそうな……こんな汚れた感情を、人は『貪欲』と呼ぶのだろうか?


 初めての感情だった。

 だからこそわからない。


 多分、いや十中八九――私はあの子に嫉妬している。黒く澱んだ何かに蝕まれていくような……言葉では言い表せない“2つの感情”がうごめている。


 ……晴斗に近づかないでほしい。……晴斗と話さないでほしい。


 初めての苦しさだった。


 胸が締め付けられる。あの子と楽しそうに話す晴斗。晴斗と楽しそうに話す彼女。考えちゃいけない、思い出してはいけない…………自分の中にあるこの澱んだ感情は、おそらくあのときと、似た感情。


 だから知っている。これをぶつけたら……また晴斗が、離れていくことを――。



『もう、別れよう』



 温かな手が、自分の元から離れていく。


 私は思わず手を伸ばした。走った。息が上がる。いくら伸ばしても……そこには、隣には誰もいなくて――。



『……大丈夫だから』



 顔が見えない。……違う、見せてくれないんだ。


 同じだ。あのときと、何も変われない。何も……何も……っ。


 私のせいで、晴斗がクラス全員からいじめを受けたときと同じ……何も、護れない――。

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