第58話「幼馴染に、私以外の出会いが訪れたらしい①」

「――ではこれより、全員参加のオリエンテーションを開始します」


 旅館内の宴会場にて、私達はこれから交流会のようなものをやるらしい。

 時刻は午後9時を回り、今日1日の疲れで既に眠気を起こしている人もちらほらと見受けられる。それもそうだと思う。朝の集合時間が午前5時、そしてバスの中で寝れたのはざっと3時間ほど。そこから休憩やご飯があったとはいえ、今日で蓄えた疲労感は半端ないに違いない。


 現に隣では、いつもであれば余裕で起きている晴斗までもが眼を擦る姿があった。

 ちなみに私はと言うと……眠気よりも緊張感の方が上回っていたりする。


 露天風呂での一件もあり、このオリエンテーションの時間を使って晴斗と少し話をしたい――と思うほど、もしもという最悪な状況までもがシュミレーションされてしまう。

 ……本番に弱いって、きっと私みたいな人を言うんだろうなぁ。


 とはいえ、ただこの時間が来るのを待っていたわけじゃない。

 部屋で小説を読んだり、暇潰しに一緒に戻ってきた佐倉さんと気ままな話をしたりと、様々なやり方で精神統一をやってみた。

 多少は落ち着かなきゃ話にならないし。


 男子の入浴時間も女子と同様30分。それ以内には晴斗は上がってきてしまう。まぁ多分藤崎君が強引に引っ張ってただろうけど、大所帯になるのが確定なところに晴斗に露天風呂はまさに地獄――祭りの大所帯より鬼畜な所業だったかもね……。

 まさかその所為もあるのかな……?


 でも、やれることはやった! 後は、きちんと晴斗と話をすればいいだけ!


「それでは以上のルールを守って、交流会を始めてください!」


 自由参加であるこの交流会は、あくまでも他クラスの生徒や同じクラスの仲間達と交流を深めようというもの。なので半分は自由なわけなんだけど……。


「晴斗、絶対ここに居たくない側の人間だよね」


「逆に聞くが、僕が進んでこんな煩い場に残るとでも思ってるのか?」


「でしょうね」


 ふふっと、軽く笑みを溢す。

 晴斗は自称“根暗ぼっち”というだけあって、人が大勢たむろする場所やこういう煩くなりつつある場所をとにかく嫌う傾向にある。

 そしてそうなれば自然と行きつく先は、この宴会場の隅っこしかない。


 ……晴斗と静かに話す機会があるとすれば、本当に今しかない。明日に、明後日に……そうやって日にちを伸ばしていくごとに意志が消え失せていくことは自分でもわかってる。


「…………」


 私はふぅーっと一息入れると、高鳴りつつある心臓の鼓動を抑えていく。


 周りが一層ざわつき始め、気がつけば晴斗は徐々に私の傍を離れていっていた。その手には大事そうにカバーされたラノベが1冊。何をしたいかなど聞かなくともわかった。


 読書の時間を邪魔されることが、晴斗にとってどれだけ億劫なことか、同じ読書家だからわからなくないけど……い、今話すって決めたんだもん!


「は、はる――」


 私は屈指の決意から声をかけようとした、その瞬間だった――。


「あっ! 一之瀬さんだ!」「えっ、どこどこ?」「マジで!? 他クラスだから全然話せる機会なかったから超ラッキー!」「一之瀬さーん! こっちで一緒に話しませんかー?」


 どういうわけなのか、気がつけば背後には男女四人ペアになった他クラスの人達が声をかけに来ていた。

 そしてどういう嫌がらせか、その言葉に反応した他の生徒までもが私に視線を集めつつあった。普段であれば立場死守のためにあまり断るような真似はしないけど……何故今!?


 神様よ……どうしてあなたは『平等』という言葉をご存知ないのでしょうか?


 いつもは『晴斗に好きになってもらえた』この顔にも、性格にも、容姿にだって感謝してるけど、今回に限ってだけその代償免除出来ませんか……?


 最早自分でも何を言いたいのかわからない。

 居るか居ないかはさて置いても……天物に話を持ち掛けようとしている時点で、だいぶ精神的に参ってしまっているらしい。――神様のバカ野郎!! 今じゃない!!


「え、えぇっと……」


 ど、どうしようこの状況……。

 同じクラスの人達なら何とかなったかもだけど、私と晴斗が『幼馴染同士』だということを他クラスの人達までも知っているかなど定かじゃない。


 公言はしないで欲しいとは言ったけど、ただの口約束だから信用はしていない。

 かと言って、このまま無視し続けるのも立場死守するためにはしてはいけない気がする。


 ――と、そんな風に頭の中で優先順位が立ち替わろうとしている中だった。


「……行かないのか?」


「……えっ?」


 私の真後ろで本を開きながらそう呟くのは、紛れもなく晴斗だった。

 そんな彼の言葉に動揺してしまい、私は咄嗟に後ろを振り向いてしまった。


「何か用ありげだったけど、僕だったら空いてる時間でいいし、先にあいつらの相手してきてもいいぞ。どうせ右往左往してるんだろ」


「………………」


 ……うん。晴斗がこういう性格なのはわかってるよ。わかってはいたけど、実際に自分より他人を優先させるとなると少しショックだった。


「……いいの? カノジョが彼氏から離れて別の奴のとこに行っても」


「…………。別に、今始まったことじゃない。早く行ってこい」


 一度も視線を合わせることなく、晴斗は読書の方へと視線を戻してしまった。


 ……引き留めてくれないんだ。晴斗なりに、私の立場を維持させるために取った策なんだろうけど、嬉しさよりも寂しさの方が勝ってしまった。


 ――なんて、さすがに幼稚だろうか。


 自分を優先してほしい、他人に先を譲らないでほしい。エゴから始まったこの独占欲は、あまりにも惨めで、哀れで……。まるで親におもちゃを強請ねだる子どものような、歳相応な感情よりも貪欲になるこの感情に、行きつく先はあるのだろうか?

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