第56話「私は幼馴染とのことを、友達に相談したい②」

 彼女と友達関係になって早1ヵ月。

 そんな短い期間に、私は一体どのくらい相談しただろうか……。覚えている限りでは既に3回以上――さすがに悩みすぎではないだろうか。と、思い始めている。


「……なーんか、また変なこと考えてない?」


「えっ、何で……?」


「うーーん、何て言うのかな。渚ちゃんってさ、図星突かれたときにはわかりやすく驚いたりとか退いたりとかするんだよ。それは前にも言ったよね」


「……うん」


「でもね、いくらわかっても“そこまで”なんだ。内面での本性ってやつかな。いくら振り幅が激しい渚ちゃんの言動や表情からでも、掴みにくい部分があるの。それが本性、つまり本音かな。『何かを隠したい』って思った気持ちが強すぎてる影響なのかもしれないけど、そこはプライバシーがあるからね。透と違って、そこは訊かない!」


「……を、隠したい」


「そっ。たとえば「秘密にしたいこと」とか「言いたくない」って気持ちが、人一倍強いんだと思う。その反動なのかな、渚ちゃんの表面は補えてないのは」


「そう……なの?」


 如何せん自分の表情なんて『何か』を透してでなければ拝むことなど出来やしない。

 だから、佐倉さんの言ってることも完璧に理解はしきれてないけど……。

 すると佐倉さんは嘆息し、露天風呂の淵部分に上がって腰を下ろした。


「前までは凪宮君とは反対の性格なのかな、と思ってたんだけどね。でもやっぱ幼馴染だよ、2人とも!」


「それ……褒めてるように聞こえないんだけど」


「そりゃそうだよ! 半分以上愚痴だからね、今のは!」


「はうぅ……」


「けどさ――悩みが尽きないっていうのは、寧ろいい証拠なんじゃないかな。付き合ってからが困難とか言うけど、実際その通りだと思うし。何より、私も透との関係に今でも少し気にしたりとかするからね」


「えっ。そうだったの? 全然そんな風には見えなかったけど」


 意外な発言だった。

 お互いに陽キャだし、常に会話も弾んでいて、幼馴染としても恋人としてもこれ以上ないほど順調に進んでるもんだと思ってたのに。


 そんな二人を間近に見ていたから。2人と私達――紆余曲折している要点と原因は何なんだろうかと悩んでいた。……のに。


「悩みがない、っていう人こそ新種の生き物だと思うよ~、私は! ……人ってさ、付き合い方とか考え方とか、あらゆるもので自分とは違うわけでしょ? 自分とは合わない、こんな考えなんて持てない。そうやって仲違いしていって、気づいたら拗れてて。本当、人の理解を受け入れるっていうのは容易いことじゃないと思うよ」


「……それ、私と晴斗のこと?」


「他に誰がいるのさ~!」


 苦笑いと共に言葉を溢しながら、佐倉さんはバタバタと湯に浸かる足を上下に動かす。

 隣で身体ごと湯に浸かっている私にかからないよう、弱めにバタついている。


「……2人を見てると、本当に難しいんだなって思うよ。幼馴染同士って、親や友達とか、身近な人と同じ類になるわけじゃん? だから、本音を必ずしもぶつけられる相手じゃない。寧ろそんなの、この世のどこにもいないんじゃないかって思うよ。幼馴染だってそれと一緒。私と透もだけど、ああ見えて全然進展してないからね。特に透の扱い方は、幼馴染以前の方が簡単だったぐらいだし……っ!」


「は、はぁ……」


 佐倉さんの目はどこか遠くを見据えているような……現実に『観点』が向いていないと思えるほど澱んでいる。


 ……何かはあると以前から思ってはいるんだけど。この反応を見るに、絶対私が触れたらアウトなやつではないかと心のどこかが危険信号を発している。多分、そっとしておくのが1番安全な気がする……。


「…………」


 初めての恋人。初めての幼馴染以上の関係。


 わからないことだらけで、歩み方や関わり方が以前より慎重になっている節もあって、藤崎君と佐倉さんにかけている迷惑は想像の斜め上を行くかもしれない。


 けれど、それでも佐倉さんは飽きずに私の話に耳を傾けてくれる。

 以前にも話した内容かもしれない。同じことを悩み続けて、進歩の無い私達に嫌気がさしているかもしれない。……なんて、そんなことを考える暇もなく、佐倉さんは何度だって相談に乗ってくれた。


 こんなこと、今までにはなかった。

 表向きには『仮面』を被り、いざという窮地には仮面を外し『本性』を露わにする。


 ……友達なんて、所詮は名前だけの浅い関係。否、それ以下だ。

 そう割り切ってきた私だからだろうか……佐倉さんがどれだけ私の悩みと寄り添ってくれているのかが、余計に伝わってきてしまう。


 こんなの、もう反則のいきだよ……。

 そう思うと自然と口から言葉は零れていて……心の扉を優しく開けられたみたいな、不思議としか言えない感覚に陥っていた。


「ふーむ。つまりはあれか。私と透に嫉妬してた、ってこと?」


「――えっ!? な、何でそんなことになってるの!?」


「いや話だけ聞いてるとそういう風にしか聞こえないんだよね。にしても“普通に接したい”か。……前までは怯えてばかりだったのに貪欲になってるし、凪宮君相手にそう思うってことは。もしかしなくとも、結構?」


「……っ、多分……そうなんだと、思う」


 濁ったものの、否定はしなかった。

 自分の中のモヤモヤした気持ちは、佐倉さんの言う通り『嫉妬』なんだと思う。


 みんなは普通に『1番の距離感』で晴斗の傍にいることが出来るけど……私には、そんな資格がない。本当は晴斗にエゴ染みた告白をすることも、本音からの晴斗の告白を受け入れる資格も――存在していなかった。


 彼から笑顔を奪ったのも、彼から友達さえ奪ったのも……全部、私のエゴだった。

 そうだとしても。たとえそうだったとしても。



『――外でも晴斗の隣にいたい』



 わがまま同然のエゴイスト。

 晴斗に植え付けた『トラウマ』の火種だったとしても、そんなことがどうでもよくなるぐらいに、自分の欲望が優先されてしまった。

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