第55話「私は幼馴染とのことを、友達に相談したい①」

 ✻


 時刻は8時を過ぎ、女子達は着々と露天風呂へと向かい、脱衣所では女子の話し声や「キャー!」という少し照れ隠し並みの声が響いている。


 女子同士のじゃれ合いなんて本当に遊び程度。

 それを本気に受けている女子なんて早々いない。つまり、現実化された百合が発生しているとかではない。

 普段であれば適当に流れを保ったり変えたりするけれど、今回ばかりはそうもいかない。


 というのも、脱衣所に点在する女子が悲鳴をあげるのは“キッカケ”になることがあるからで……。


「じいぃぃーーーー…………」


「……な、何?」


 隣で着替えをしていた佐倉さんが、突如私の『胸』を凝視し始め、そこから目線を外そうとしない。いや、寧ろどんどん近づいてる気がする……。


「……同い歳、だよね?」


「え、何言ってるの……? そんなの当たり前に決まって――」


「じゃあ何で渚ちゃんのお胸はこんなにも立派に成長してるの!? 身体測定のときも立派なもんだとは思ったよ、思ったけども!! 制服姿のときと裸のときとで全然胸のサイズ違うんだけどぉ~!? ねぇ、これ一体どうやって育てたのぉ~!!」


「ちょ、ま、待って! 肩揺らすの止めてぇ~~!!」


 いつもよりも興奮染みた台詞を吐いたと思えば、次の瞬間に佐倉さんは私の両肩を勢いよく掴み強く揺さぶり始めた。その目には大袈裟な涙まで浮かべていて、どれだけ感情を露わにしているかよくわかる表情だ。


 っていうか、以前の身体測定のときにチラッと思ったけど、そう言ってる佐倉さんだって人並み以上にはあった気がしたんだけど……?


 その証拠に今見えてる佐倉さんの胸も、十分すぎると思うんですが……。


「う~ら~や~ま~し~いぃぃ~~!!」


「肩っ! とりあえず肩から手離してぇ~!!」


 佐倉さんのこの羨ましい発言の根源がどこから発現したものなのかはわからないけれど、この騒ぎは当然、脱衣所に残る他の生徒にも届いてしまい……、


「えっ? なに、そんなスゴいの?」


「やっぱり一之瀬さんは違うなぁ~! さすが優等生!」


「わたしにも触らせてぇ~!」


 女子だからこそ出来てしまう数分間のおふざけ……と呼ぶにはあまりにも疲弊するやり取りは、結局騒ぎを聞きつけた女性の先生に「外まで聞こえてるよ!」と注意され、収束したのだった。





「おかしいな……。温泉って普通疲れを癒してくれる場所だよね。じゃあ何で私は今、こんなにも疲労感が溜まってるんだろう。しかも入る前より」


「あっははは! ごめんごめん! つい悪ノリしちゃってさぁ!」


 約束通り外の露天風呂に浸かりながら、佐倉さんは大声でケタケタと笑う。

 この様子から察せる通り、彼女には私に謝罪する気が一切無いらしい。藤崎君に振り回される晴斗の気持ちが、だいぶわかってしまった。


 謝る気があるのかはさて置いて、あの光景を見て奥底では楽しんでいたに違いない。あぁダメだ、人間不信だった1ヵ月前に戻りそう。

 もし先生が注意しに来てくれなければ、今頃私は明日のお風呂は愚か、今日のお風呂にすら入る気力を失っていたに違いない。


 まぁその場合、あの2人がお風呂に行っている間に部屋の露天風呂使えばいいだけの話なんだけど。せっかくだし、友達と入りたいという小さな夢は叶えたい。あんなからかい方をしてきても、佐倉さんの心の深さと受け入れ方の優しさはこの約1ヵ月、十分に理解しているつもりだし。


「うぅ~ん! それにしたって、今夜は星が綺麗だね~」


「……そうだね」


 ポチャン、と音を立たせながら佐倉さんは夜空に浮かぶ満天の星を見上げる。

 外の露天風呂は他にも使ってる人はいるみたいだけど、佐倉さんの読み通りほとんどが室内での露天風呂を楽しんでいる様子だった。


 真っ暗な夜空に浮かぶ無数の星々。

 そして、そんな星々に負けず劣らず輝く満月。

 昼間が涼しかったこともあり、夜はまた一段と冷えるものの、そんなことが気にならないほどに夜空に目を奪われる。冬場の空も、こんな感じに見えるのかな。


「どうしたの?」


「何て言うか……埼玉じゃここまで綺麗に見えないのに不思議だなと思って」


「透の話によるとね、この辺の地域は北風が吹きやすいこともあってこの時期でもかなり冷え込むんだって。だから余計に綺麗に見えるんじゃないかな? ほら、よくネットニュースとかで話題になってたオーロラとかもさ、北極とか南極とか、極寒な地域で見られることがあるみたいだし! あ、でも北海道とかでも夏場はよくこの星空が見られるよ」


「佐倉さん、もしかして北海道行ったことあるの?」


「無いよー!」


 得意気に語るもんだから行ったことあるのかと思えば……まさかの『行ったことない』発言に、思わずズコッと滑った気分になった。


「あーでも、青森になら行ったことあるよ。学校の行事でだけどね」


「……あっ」


「ん、どうかした?」


「ううん。そういえば佐倉さんって、私達とは違う中学だったっけと思って」


「えぇ~、今更? そのことについて何度も言ってるのに。それでも忘れてしまうなんて、何とも無礼な奴じゃの~?」


「誰よそれ……」


 藤崎君の幼馴染――佐倉美穂さんは、藤崎君と同じくらい勉強が出来るようになるために同じ中学へは行かず、少し下の私立中学を受験したらしい。

 具体的にどこの学校だとかは訊いたことないけど、その内教えてくれるかな。と、少し願望が残ってたりする。


「――んで、話戻すけど。今度は一体何でお悩みなのかな?」


「…………」


 そうだ。外の露天風呂に来たのは、なるべく人目を避けるため。佐倉さんに晴斗とのことを相談するためだった。

 つい星空の話なんかで意識がそっちに行きかけてたけど本題は別だった。


 ……でも今の今まで忘れてた。あんなに悩んでたのに、少しの間だったけど全然別のことを考えられてた。もしかして――わざと話を変えてくれてた、のかな?


 確かめるっていうのも有りだけど、意図的にしてくれていたのだとしたら、わざわざ訊くのは間違ってる気がする。せっかくの気遣いに水を差すわけにもいかない。

 本当、佐倉さんには気を遣わせてばっかだ。

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