第46話「もしその見方自体が罠だったとしたら?」

 渚も透同様『ヒント』を求めていたが、何も『回答』を求めていたわけじゃない。本人も最終的には自分で解きたいと願っているようだし。

 そう考えると、これを言ってもいいのかわからなくなるな……。


「……一応訊くが、みんなはどこが答えだと思ってるんだ?」


「どこ……って。このヒントの中で1番場所を示してるものって『池』だけだし、そこしかないかなって思ってたんだけど」


「オレも同意見。って、池以外に何かあるのか?」


「私はこの2人みたいに頭が回るわけじゃないけど、スタンプの位置を示すのであれば、池の周囲を捉える見方なのかなって思ってるよ?」


 全員して僕の質問に少し疑問が残る形ではあるものの、池の周囲というのは満場一致のようだ。……これは参ったな。違うんだけど。


 普通であれば焦るところだろうが、先に飛び出していった班も未だに解けていない様子。だがそれもいつまで続くかわからない。


 とはいえど、これは所詮“ミニゲーム”。

 全部の問題を解かなければならないルールも、このプログラムが成績に反映されるわけでもない。だからここで、こいつらに正解の道を示す義理もない。


 ……何て。そう思えたら、どれだけ楽だっただろうか。


 そもそも最初から、僕はこのゲームにハマっていたのだ。

 今までの僕であれば、面倒だとわかっている道のりに敢えて乗るようなヘマはしてこなかったはずだ。だが今回は違う。このゲームが開始される前から解き始めていた時点で、僕はこのゲームに落ちている。


 そして何より、渚と……透と佐倉さんと一緒という時間を過ごしている時点で、心のどこかでは『一緒にやりたい』と願ってしまっている。


 成績に入るわけでもない。

 今後の学校生活が便利になるわけでもない。


 ――そんなことを抜きにしても、僕はこのゲームを解きたいと願ってしまっている。


 渚との勝負でもないのに、ここまで『負けたくない』という欲が出るのも珍しいと自分でも思う。たとえゲームであっても、僕の本心は負けたくないらしい。勝負ごとに、手抜きは許されない。そう訴えかけられているように。


「……仕方ないか」


 僕は近くにあった小石と少々大きめの石を選別して、それぞれ1つずつ拾い上げる。


「晴斗、何してるの?」


「……お前らが欲しがってる『ヒント』探しだよ」


「ヒントって……その集めてるそこらの小石がか?」


「バカかお前。あくまでヒントだ、答えじゃない」


「バカってお前なぁ……。まぁ、言われれりゃわかるけどよ。もう少し丸めた表現とかないわけ?」


「サイコパス」


「どの辺がだっ!!」


 透とのいつも通りの会話を繰り広げながら、僕は2つの石を選別し終える。

 サイズが大きく異なる2つの石をそれぞれの掌に置き、3人が見えるように手を広げた。


「典型的な例だが、これで十分か。――渚、1つ訊きたいことがあるんだけど、いいか?」


「えっ? うん、いいけど」


「この2つの石を初めて見て、渚はどっちを先に見た?」


「どっちって……大きい方かな?」


「……だろうな」


「え、どういうこと……?」


「まぁ待て。順番に説明する」


 僕の相槌を耳にして疑問を抱いたのだろう、渚が疑問をぶつけてきた。

 それを「待て」という形で静止させ、僕は配布された『地図』を3人に見せるように地面に置き広げる。


「まず、この縮小地図の中で、最も目立つものはどれだと思う?」


「うーーん……やっぱり、この池だよね?」


「そうだな。でも、もし?」


「えっ!? どういうこと!?」


 佐倉さんが驚愕の表情を浮かべながら、僕のことを見据えてくる。

 驚くのも無理はない。縮小地図――この限られた大きさの地図の中で全部を1度に捉えることなど不可能だ。特に、小さめに書かれた文字や絵柄などは。


 けど、敢えてそこを狙った先生達はよっぽどタチが悪い。

 僕は鞄から蛍光ペンを取り出して、自分の地図に描き加えながら説明を続けた。


「人間は、パッと見で大小が分かれた絵を見ると、どうしても目は大きいものを捉えてしまう。文字とかでも小さいと見にくい、大きいと見やすいってのがあるだろ。この問題は単純にそこが肝になってるんだ。例えばこの石、こうやって左右に並べて置くと変化無しに視界に捉えることが出来る。……でも、こうして上下に動かして重ねると――」


「「「…………っ!!」」」


 左右に並べて置いた石同士は、変化無しに視界へ捉えることが出来る。


 だが、上下に動かし重ねるようにして石を並べると――大きい石が、小さい石の姿を呑み込んでしまうのだ。逆でやっても同じこと。小さい石が手前にきても、結局は後ろの大きい石に呑み込まれてしまう。


 つまり、これを正面から見た際には、既に小さい石の姿は消えてしまっているのだ。


 要は錯覚の問題だ。

 何かを見ようとした際、人間の目が視界に入れるものは比較的大きいものが対象となる。


『大きさの錯視』とも呼ばれ、様々な立体形や図形を同じ大きさに並べたとしても、ほんの少しの工夫によって大きさが変化したように見えるというものだ。


 この問題は、それを応用したものなんだろう。

 何かを一瞬見ただけでは、人間の目が行きつくのは『大きいもの』。加えてヒントには『池』と記載するもんだ。……この問題を作った先生は、絶対タチが悪い。


「要は意識の向け方の問題だな。池は大きいものとして載っているだけで、それが『本命』とは誰も言ってない。自然的に意識が偏っていたにすぎないんだ」


「それじゃあ、1つ目はどうやって解けば……?」


「まぁそうなるよな。んで、大きいものに視線が誘導されるなら、逆に小さい存在を探せばいい。この石みたいにな。そこに当てはまるのが3つ目のヒント――『定位置』ってわけだ」


「晴、どういうことだよ」


「落ち着け。少し端折りすぎた」


 僕は蛍光ペンで地図に大きめの円を描く。

 池を中心とし、小さめの森、馬小屋、食堂などの辺りを取り囲んだ大きめの円。少し大きい気もするが、まぁいいだろう。あそこが入っていれば、問題はない。


「じゃ、ヒントを順々に見ていくぞ。まずは『池』だが、円の中心のことを指してるのは間違いない。次のヒントの『生き物』も池に該当するものだ。それに『定位置』も。けど――」


「ヒントの中に


「その通り。ヒントはあくまで、答えに直接繋がっているだけで答えには属さない」


「なるほどな。それで、池の周囲っていう答えが除外されるわけだ」


「近場のことを指すのであれば、除外対象だ。だがそれでもヒントに載ってる。ってことは――」


「答えへの直接的な道ではないけど、間接的には繋がってるってこと? つまり、池の近場を指すのではなく、池より少し離れた、でも繋がる場所を指す……?」


「うん。佐倉さんの導き方で間違いはないと思う。だから一旦、池は置いておこう。それで2つ目のヒント『生き物』だけど、それはこの池周辺に住んでいる動物、生き物を指していると思う。けどそうなると問題は……」


「そっか、定位置……。本当、何指してるんだろう、これ」


 佐倉さんは再び頭を抱え始める。

 それは彼女だけでなく、隣で一緒に考える透も同じくだ。

 ただ渚だけは……問題の確信に迫ったような表情を浮かべていた。


「……定位置。つまりはその場から動いていないこと」


「そう、動物は定位置にはいない。大きく括った場所はあれど、座標までもは固定されないから常に動き回っている。……でもこの中に1匹だけ動かない『生き物』がいる」


「えっ……そんなのどこに……」


「…………馬?」


「渚、正解だ」


 この広場の設備上、動物達は常にエリア内を移動することが可能とのこと。それに合わせて、固定されることを表す『定位置』の条件からは外れる。

 だが、その条件に当てはまらない生き物がただ1匹だけ存在する。

 何故なら……、


「そうか! 馬は『馬小屋』にいるから動けないってことか!」


「そういうことだろうな。元々馬小屋は馬を休ませ、飼うための場所だし、唯一『池』の近くで『生き物』で『定位置』にいる動物なんて、馬だけだろ」


「……スゴすぎる!」


 佐倉さんは驚きのあまりに感動の声を漏らした。

 ここまで大袈裟に推理する必要も無かっただろうけど、佐倉さんがあそこまで納得してくれているのを見たら、あながち間違いでもなかったのかな。


 答えを言ってしまった感があるが、最後は渚も自分の力で解いていた。

 ……そう考えれば、ある意味良かったのかな。


「……ま、合ってればの話だから、話半分で聞いてくれ」


「まさか! お前のその考えが間違ってたら先生を訴えるっての! 本物の推理をした方が、絶対に盛り上がるって抗議してな!」


「今更抗議してもしょうがないだろ……」


 話半分で聞いてもよかったのに、3人は納得した顔で僕を見ていた。……何か照れるんだけど。

 ただ、解いた瞬間の渚の表情がいつもより“可愛かった”のは、絶対に内緒だ。

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