第43話「幼馴染たちは、飯盒炊爨をする②」
「……ってかさ。お前は何でそこまでオレのこと存外に扱うんだ? さすがに幾年も続けられると、かなり精神が持ってかれるんだが」
「止めさせたいなら、まずお前が僕を弄るのを辞めたらどうなんだ」
そもそもの前提としてこいつが僕を弄ってくるのが悪い。
藤崎透は、いつも何を理念にとして行動しているのかイマイチ掴めない奴だ。
中学1年――偶々同じ委員に入ったことがきっかけで、僕はあいつのことを観察していた。無論それは、人との関わりが苦手だったから。
今でこそ『陽キャ』や『陰キャ』と分けさせられることが多数だろうが、当時の僕はどちらとも言えない人間だった。人との関わりを避ける=コミュ力不足、というわけではないように、当時の僕もまさにその通りに当てはまっただろう。
初対面からの人達(クラスメイトや先生達)からすれば、中学生だと言うのに可愛げがない――と、愛想もまるで無いようなそんな性格をしていたとのこと。
だがそれでも、渚だけは……話しかけようとしてくれた。
幼馴染であることがバレている中での中学校生活。それは当然、今のように僕を放置していたような環境が出来ていたはずもない。
渚が僕に近づかないようにしていたのか、クラスの女子達はいつも渚を僕から遠ざけようとしていた。
普通なら唯一の理解者である彼女が居なくなることで、パニックを起こしかねないだろうが、僕としてはそれが『当たり前』だった。
誰しもが認める才色兼備の美少女。
誰しもに認められるクラス1のぼっち。
この
……そんなことをされずとも、僕は彼女のことを独り占めするつもりはない。
当時の僕は、彼女に対して今のような『嫉妬心』も『独占欲』も抱いたことはなかった。
そのため、こんな風に周りが少し遠巻きに避けていたことにも、僕は気にも留めなかった。
――そんなときだっただろうか。
こいつが、クラス内でも平然と話しかけてきたのは。
同じ委員だったこともありそれなりに関わりは多かったが、そのときだけに留まらず今でも関わりを持つことになるとは……きっと、あの頃の僕は考えもしなかっただろう。
始めの方は、僕はあいつからの言葉も善意も全てを無視していた。
他人の面だけを伺い、他人との距離感を保ってきた僕からすれば、こいつのようにズカズカとパーソナルスペースに踏み込まれるという経験は初めてだった。
渚のことが好きだと自称する男子からも、カーストを気にする女子からも遠巻きにされているというのに、こいつは……こいつだけは異質すぎた。
決して他人の地雷には踏み入れず、ギリギリのところで踏みとどまり、僕が底から這い上がって来るのを待っているような感じ。
……今思うと、本当に謎だ。
こいつが僕に話しかけてきたことも、どうして僕みたいなのと平然とコミュニケーションを取ろうとしてきたのかも。
ただ、1つだけ、明らかになった根拠を述べるとすれば……、
「…………僕が、こいつを友人として手放したくないって思ってることだろうな」
「ん? 何か言ったか?」
「何も。早く洗った野菜寄こせ」
いつの間にか思考が海底まで沈んでしまっていたらしい。
思考が沈んでしまうのはいつものことだが、まさかこいつのことで沈むことになるとは……まぁ、こいつの言動や行動の読みが理解出来ないのはいつものことなんだが。
「……なぁ、オレにも何かやらせてくんね? 洗う材料全部洗っちまったしやることねぇんだよぉ」
「そんなこと言われてもな。佐倉さんに「絶対刃物握らせないで!!」って念押しされてるからな」
「あいつどんだけオレのこと信用してねぇんだよ……」
「どんまいだな」
「でもよ! お前が手際よく野菜切ってる横で、ただただ見てるだけっていうのも味気ねぇっつーかさ。何かオレだけサボってるみたいじゃね?」
「刃物持たせたらゾンビみたいに襲ってくるかもしれないだろ」
「オレはお前から人とも思われてねぇのか??」
「そんなことは思ってないけど。…………はぁああ、わかった。わかったから。それじゃあ、そこにあるピーラーで人参の皮剥いてくれ。あ、縦にな。横で剥くなよ?」
「怪我することぐらい察しつくわ!!」
佐倉さんも言っていたが、手先が器用ではないだけで家事スキルに鈍感であるわけではないらしい。
ただ滅多に家事をやらないだけで、やろうとすれば覚えるんだろうけど。
「……にしたって、お前家事能力高すぎじゃね?」
「そうか? ……んーん。毎日妹の弁当作ってるし、家事もしてるし、隣の家に才色兼備な幼馴染がいるからな。気づいたら出来るようになってた」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんだろ」
実際、今切っているじゃがいもだっていつもより小さめにしている。
熱を持ち過ぎると、煮崩れを起こして芋そのものが崩れてしまう。そのために大きくする人もいるだろうが、カレーを作る場合、人参もじゃがいもも食べやすい大きさに切る。その方が熱を持つ量を最小限に抑えられるしな。
こういう考えを持つのも、やはり作り続けてきたことでの作用だろう。
そんな作業を繰り返していく中……、
「たっだいま~!」
「おおー、お帰り!」
戻ってきた渚と佐倉さんも加わり、残りの作業に取り組み始める。
途中、飯盒にかける火加減が強すぎるだの弱すぎるだので透と佐倉さんがもめ合っていたが、これといった問題も起こらず作業は進んでいき――丁度お腹が空いたタイミングでカレーが完成した。
お皿に盛り、テーブルの上を片づけ、4人分のカレーと配られたスプーンを並べた。
他のどの班よりも早く出来てしまったために、何だか注目を集めてる気がする……。
まぁ、気にしない方が得策だろう。
「んん~! 美味しい! 私が作るより美味しいんじゃない?」
「ありがとう。……でも、少し足りない気がする」
「蜂蜜?」
「ん。何か、微妙に味が違ってて違和感があるっていうか……」
「へぇ~! 凪宮君って、隠し味とか入れたりするんだ~! ねぇ、今度教えて!」
「別にいいけど」
「やったぁ~! 帰ったら試してみよっ!」
僕が初めて料理に手を伸ばしたのは中学1年生の頃。
普段は母さんか妹の優衣がやっていたのだが、ある日、優衣が風邪で寝込んだことがあった。それで挑戦してみたのだが……結果は見るも無惨。盛大に失敗した。
最初から何もかも上手く出来る人間などいない。
天才だろうと、凡人であろうと……。失敗することはわかっていた。自分にはむいていないこともわかっていた。
……けど、あいつ何を言ったと思う?
『……おいしかったよ。ありがとう、お兄ちゃん』なんて、絶対そんなはずないのに。優衣は精一杯の笑顔を浮かべて、そう言ってきたのだ。
それがきっかけだっただろうか。
様々なジャンルの本に手を伸ばすように、色々と試めせる料理はいつの間にか『楽しみ』の1つとなっていた。
今では僕にとって、料理は貴重な趣味だ。
「おい晴。どうかしたか? 辛かったか?」
「僕は猫舌じゃない。お前と一緒にするな」
「オレも違ぇよ!」
「「ごちそうさまでした!」」
僕がカレー最後の一口を食べ終えた直後、渚と佐倉さんはまったく同じタイミングで「ご馳走様」と述べた。はい、お粗末様でした。
「そんじゃ、片づけしようぜ!」
食べ終わった透を筆頭に、使い終わった皿やスプーンの片づけに入る。
他の班はこれから食べ始めるところが大多数だったが、僕と渚、それに佐倉さんが居れば準備から片づけまで楽々と終わる。奴はまぁあれだ。……テーブル拭きに任命してた。僕ではなく、佐倉さんが。
それから暫くして、全部の班が食べ終え片づけを行い、僕達は職員の人と先生の後を着いていき、学年全員が集合出来そうな広場へと案内された。
……さて、ここからは午後のカリキュラム。スタンプラリーだ。
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