第35話「私は、幼馴染と友人のやり取りに嫉妬する」

 それからお昼休み、午後の授業があっという間に過ぎていき、そして放課後。

 私達は宿泊研修で必要になりそうなものを買いに行くため、最寄り駅から少し先にある大型ショッピングモールへ向かうこととなった。


 あの後も参加を拒否し続けた晴斗だったけど、後ろの席があの藤崎君だったために帰宅寸前にあっさりと捕まり強制連行させられる羽目となった。ご愁傷さまです、まる。


「よっしゃ! んじゃ行きますかー!」


「離せ」


 ある程度生徒が帰宅、または部活へと赴いた時間帯。

 私と佐倉さんは先に校門から少し離れた場所で、後から晴斗の腕を力強く掴みながらこちらへと向かってきた藤崎君と合流した。


「あそこのショッピングモール、暫く行ってなかったんだけど何か場所増えたよね?」


「そうだね。でも、結構なブランド品しか置いてないけど」


「そっかー。じゃあ私達には縁無しってことか」


「今のところはね。でも、行くだけなら私はいいよ?」


「本当!? 渚ちゃん……マジ大好き!!」


 すると、佐倉さんはいきなり私に勢い良く抱きついてきた。


「さ、佐倉さん!」


 いきなりのしかかった衝撃に私は態勢を崩してしまう。

 若干重心が後ろへ倒れかけていた中、私に掛かっていた体重が一瞬で無くなった。


 咄嗟に後ろを振り向くと、そこには藤崎君が佐倉さんを軽く持ち上げていた。……えっ、意外と佐倉さんって軽かったの? それとも、藤崎君にとってはってこと?


「ちょ、透! 降ろしてよー!」


「いきなり人の背中にダイブする癖どうにかしろよ。あんま迷惑かけんじゃねぇって」


「むっ! 失礼な。そんなに重くのしかかってないわよ、足地面に着いてたじゃない」


「着いてねぇから言ってんだ」


「……ふぇ?」


「ふぇ、じゃねぇよ。ほら、一之瀬に謝れ」


「……むぅ。……ごめんね、渚ちゃん?」


「大丈夫。藤崎君、降ろしてあげて」


「ほいほーい」


「……やっぱ熟年ふう――」


「1回ボコすぞ晴!!」


 もう本当……余計なことばっかり言うんだから。

 とはいえ、本人の様子を見る限り何の反省もしてなさそうだし、言っても無駄だと思う。


「とんだ道草だな」


「友達とのやり取りって言えよ。何かこういうの青春っぽいだろ?」


「生憎と、そういうのはラノベの中だけで十分だ」


「とか言いつつ、学校での超有名人である一之瀬と付き合っているっていう『空想にじげん』ではない『現実リアル』が存在しているわけですが?」


「……ほっとけ」


 ぷいっと、晴斗は視線を逸らしてそのまま先へと進んで行った。

 何だかんだで最寄り駅の方向かってる。言葉では否定していても、結局は付き合ってくれるところ。やっぱ、晴斗は優しい。素が素直じゃないだけなんだよね。


 ……そういえば、今から電車乗るんだよね?


 何かノリでショッピングモール行く流れになってるけど、そこに行くためにはあの電車に乗る以外に方法が無い。何しろ平日、しかも放課後。休みの日とは状況が違い、迅速に行って帰ることが絶対条件になってくる。


 そういう前提がある以上、電車に乗るのは回避不可能なイベントなのである。


「………………」


 …………………………。

 頭の中を、一種の走馬燈そうまとうのようなものが通り過ぎていった気がした。


 ……ヤバい。変なこと思い出しちゃった。


 以前に晴斗と買い物に行くために電車に乗った際、車内が混み気味だったこともあってか晴斗がドア側と代わってくれたんだけど……。同時に車内が激しく揺れフラついてしまったためか、私は晴斗に――いわゆる『壁ドン』なることをされてしまった。


 故意ではなかった、単なる不慮の事故。……そう済ませられたら、どれだけよかっただろう。


 当時は私だけが(おそらく)晴斗を一方的に好きだった状態。

 その証拠に晴斗があのとき言ったのは――「まぁ丁度いい壁出来たから、駅着くまでこのままでいいか?」と。意識していないことが丸出しすぎな文章だったし……。


 彼にとっては『壁』になってくれただけかもだけど、私の場合は寧ろ逆。

 あの近すぎた距離感で気にしたことは2つ。

 心臓の音が聞こえていなかっただろうか。それと、私の顔は熟した果実のように真っ赤に染まっていないだろうか、ということだけ。

 ……まぁ当然、後者は残念な結果となったけれど。


「どうしたんだ、一之瀬? さっきから晴の背中見つめながら、すげぇぼーっとしてたけど。何だ? そんなに見惚れるほどカッコよかったのか?」


「な、なっ――何言ってんの!? 別にそんなんじゃないわよ!!」


「そうかぁ~? なーんかここ最近のお前ら、1周回っていやらしいんだよな~」


「何故そこに僕が含まれてるのか疑問なんだが」


 前方を歩いていた晴斗が不機嫌そうな表情かおでこちらを睨む。

 藤崎君はとぼけた顔をしているが、おそらく内心ではケラケラと笑っていることだろう。


「――まぁそれ、凪宮君だけに当てはまる用途ではない気がするけどね!」


「はぁ? 何でだよ」


 すると、いつも通りに晴斗を煽ろうとする藤崎君を止めたのは、佐倉さんだった。


「2人をそういう風にたとえるなら、透だってそれに当てはまるよ。まぁ、普段の行いが意外とハードリスクだったりするし? 当然のことだけどね」


「……普段?」


「本当、いっつも夜遅くまでさぁ~?」


「――おいちょっと待て!! その内容、完全に地雷じゃねぇか!!」


「いやらしい=地雷でしょ。特に透の場合、思いっきりそれに当てはまるよね~」


「撤回しろ!! ってか、お前はそうじゃないわけ!?」


「普段はあんたが発情するからああなるんでしょ? 別に私は、地雷になりそうなことした覚えがないもの!」


 ……どうしよう。この2人の会話に混ざったらいけない気がする。

 先程から飛び交う常識とは事外れた単語の数々を聞く度に、どうしようもないほどの羞恥心が芽生えてしまう……恥ずい――。


 頬が熱を帯び始めていく中、先に進んでいた晴斗は歩みを止めて読書し始めた。……本当、どこからでも本出てくるよね。まるで携帯食料みたいに。


「晴! そこで現実逃避してないでちょっとはサポートしろや!」


「……面倒だし、その輪に入ったところで僕に立ち往生出来るわけないだろ。第一、お前みたいなM野郎に指図されるいわれはない」


「関与されてんじゃねぇ!!」


 ……あれっ? 何だか段々話が変な方向に傾いてる気が。

 晴斗に助けを求めていたはずの藤崎君が、逆に2人に煽られているという、不思議な図。


「それに何でオレがMになってんだ!」


「じゃあ、Sなの?」


「美穂まで乗る必要ねぇだろうが! ……あのなぁ。オレはMでもSでもねぇ。程よくて良い感じなのがオレなんだ! わかったか!」


「強がりも大概にしとけって。みっともないぞ」


「お前はまず人の話聞けや!!」


 晴斗は勢いが増したように藤崎君へと詰め寄っていく(物理的に)。


 ああいう光景を目の当たりにしている最中に思うことではない気がするけど、友達に本音をぶつけて、煽って、ふざけあって……。そんな『当たり前』が無かった晴斗が、あんな風にふざけ合えることが、とても嬉しく思えて、少しだけ悔しい――。

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