第19話「幼馴染同士は、お互いに真意を打ち明かせない②」(凪宮晴斗の場合)
『そう言うなって。いや~、にしてもビックリしたよ。最近のお前達、幼馴染ってこと明かしてから一緒に登校するってのが当たり前だったのに、今朝は一人だったしよ。校門のところで見かけたときは目を疑ったわ』
……そうか。こいつの席、今は僕の席の真後ろだったな。
だからこその窓際からのストーキング……。佐倉さん、マジでこいつと別れる覚悟しておいた方が身のためな気がするぞ。
『おい。今失礼なこと考えてなかったか?』
「気のせいだろ。……それに僕は、お前に話すことなんて何1つとして無い」
『ふーーん。お前が白状しないなら、一之瀬に一部始終でも訊ねてみっかなー?』
「ちょ……っ!!」
『ほぉ、そんなに嫌か? だったら話してくれるよな!』
「お前……」
こいつの騙しは今に始まったことじゃない。
知り合ったばかりの頃から今現在に至るまで、こいつは僕の堪忍袋に触れない程度の罠を張ることが得意だ。きっと透だから出来ることなのだろう。同じようにクラスの中心に君臨する渚とは違い、1人1人を細かく見通す――それが、藤崎透という男だ。
だが、この詐欺師に何の罰も降らないのはおかしいとも思う。
今現在がそういう現状というだけで、それが未来永劫続く保証などどこにもない。
なのでお願いします。この男にマジで将来、天罰が降ってください。これは最早、願望ではない。願掛けだ。
「……マジで天罰が降ればいいのに」
『えっ……今何か過去最高に恐ろしい願掛けしてなかったか、お前』
それから数分後、僕は『一之瀬に訊くぞ』という脅し文句をぶつけられたせいもあり、不本意ではあったが透に事の顛末を全て話した。
今朝見つけた彼女の痣のこと。避けてしまったこと……逃げてしまったこと……。
『……なるほどな。だから今日のお前ら、あんなにすれ違ってたのか。つーかさ、これ完全に主犯お前じゃねぇか』
「わかってるよ、そんなことぐらい……」
『一応悪いっていう自覚はあったか。ま、それなら話が早い。その理由を話せばいいじゃねぇか。隣の家同士なんだし、会うぐらい簡単だろ?』
「……無理だよ」
『何故に? 人間、やることしなくちゃ結果は付いてこないって良く言うぜ?』
「偏見だろそれ。……んなことが出来んのは、根暗以外の人間だけだ。僕みたいに、周囲の人達から距離を置いてきた人間に、心の内側を吐き出すとか不可能だから」
『よくそんなこと平然と言えるな、逆に尊敬するわ。――でも、お前はそれでいいのかよ。ぶっちゃけ言うと、お前のその本音は“言い訳”にしか聞こえねぇ』
「…………っ、そ、それは」
『ま、あのときの一件から思ってたことだけど、お前は一之瀬に遠慮してる部分ってのが大きすぎるんだよ。過去に何があったかは知らねぇけどさ――たとえ幼馴染だからって、真意は伝えなきゃ伝わらねぇもんだぞ』
「………………」
――知ってる。そんなこと……もうとっくに体験した。
まだ数週間しか経過していないあの水族館でのデートが、まさにそういう感じだった。『想いは伝えなきゃ伝わらない』――なんて……そんなの痛いほど痛感させられた。
だが、あれは心の素だったから吐き出せた言葉でもあった。
渚の気持ちも考えず、自分自身のエゴであいつに苦しい想いをさせてしまった。だからあのときは、全てを話すと決めた。
でも今回は完全に僕だけが原因で、僕が気にしなければいいだけの話だ。
……こんな“根暗ぼっち”の嫉妬を吐き出すなんて、ピュアなあいつには絶対出来ない。
だって僕と渚は元から違うから――。
幼馴染とは、似ても似つかない者同士のことだと諸説あるらしいが、僕達には当てはまる言葉だと思う。
クラストップカーストに君臨する渚。
最下層カーストに居座る僕。
真逆にも程がある僕達には、幼馴染という関係は愚か――恋人同士であるという事実すら危うい。もしクラスにこんなことを伝えたら、鋭い視線が注がれる前に、周囲に馬鹿者にされて笑われて落第する。それくらいに、僕達の関係は内密なものだ。
前提が違う僕達だが、昔からお互いのことは常に隣に置いていた。それが何よりも当たり前で、寧ろそれ以外のパーツが無かったから。
小さい頃に、よくお互いの家でお泊りをした。食事だって何万回以上も一緒にとった。
ごく自然で、普通のこと……そう、過去は何度も思ってきた。
けれど現実はそうじゃなくて、僕と彼女の違いを受け入れてくれる人など、どこにも居やしなかった。
あの頃のような、何でも楽観的な思考でいることがどれだけ渚に迷惑をかけるか……もう、知ってしまったから――。
何でも打ち明けていたあの頃とは違う。
僕と彼女はまさに表裏一体。混じり合うことは決してない。互いを完全に理解し合うことは出来ない。僕は嘘をつける人間だ。だから僕は嘘をつける。……嫉妬を隠す嘘を。
「……なぁ、透。1つだけ訊いていいか」
『何だよ、急に』
「――お前はさ、佐倉さんと喧嘩とかってしたことあるのか?」
『喧嘩? んなの当たり前だろ。言っとくが、この世に喧嘩をしない人間なんていないと思うぞ。どんな形であっても、絶対にな』
「…………そっか」
『随分あっさりしてるのな。意味深な奴め』
「何でもないよ。……おやすみ」
僕はそう言って静かに通話を切った。
そのままスマホをベッドの上に放り投げると、制服がシワになることも厭わずに、ベッドの上を寝転がる。
……仲直りはしたい。
きっとまた僕のせいで散々悩ませているかもしれないし、僕としてもあいつとは、ずっと幼馴染で……好きな恋人同士でいたい。
だからさ……。今回だけは、こんな僕の嘘をこのまま突き通させてくれ。
僕の内側の黒い部分を――綺麗なお前にぶつけないために……。
『――喧嘩をしない人間なんていないと思うぞ』
透はああ言ったけど、喧嘩だけじゃどうにもならない気持ちだってあるんだよ。
この感情をお前にぶつけないために。
嫉妬している感情のまま、お前に触ったりしないから――この気持ちにケリをつけるまでの間、僕と距離を置いてくれ……。
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