第17話「幼馴染同士は、お互いに真意を打ち明かせない」(一之瀬渚の場合)

 ◆一之瀬 渚◆


 今朝のことがあってから、その後も晴斗とは必要最低限以上の会話をしなくなってしまい、あっという間に放課後を迎えてしまった……。


 ……正直言って、かなり気まずい。

 何とかして状況を改善せねばとは思うんだけど、具体的に何をしなければならないのか。その辺がまったく思いつかない。そもそもとして、晴斗が何を考えているのか全然読み取れないし……。


 このままじゃ、明日の誕生日会が気まずくなってしまう。――いやそれどころじゃない。寧ろ誕生日会そのものが出来なくなってしまう!

 幼馴染で恋人同士なのに……ギクシャクしたままなんて、絶対嫌だっ!!


 …………とは思ってるんだけど。


「――さっきから沈んだり起き上がったり。いつまで繰り返してるつもり?」


「うぅぅ~……」


「その様子じゃ、今日は無理だったみたいだね」


「……はい」


 佐倉さんに言われて現実がまたしても突きつけられる。

 時は既に放課後。そして今私はバイト先の喫茶店のカウンター席にて、今日の晴斗の様子について佐倉さんに打ち明けていた。


 朝の痣を見たときから、放課後の今現在にかけてまで。晴斗の様子が明らかにおかしくなっていること。そして、明らかに私を避けていることも――。


「なるほどねぇ。道理で今日、凪宮君の様子がおかしいと思ったよ。つまり、その右腕の痣を見てから、渚ちゃんを避けるようになったと」


「うん。……でも、何であんなに露骨な避け方されたんだろ」


「話を聞く限りじゃあ、渚ちゃんの腕についてる痣を見た途端に様子がおかしくなったんだよね。……うーーん。……もしかして――」


「えっ、何? 何かわかったの?」


 佐倉さんが呟いた言葉に過剰反応をした私は、カウンター席から身体を乗り出した。

 そんな突然の行動に、佐倉さんは若干たじろぐ。

 周りから少し奇妙な視線が注がれ、私は「……ご、ごめん」と言いながら身体を後ろへ戻す。


「別にいいけど……そんなに知りたいの?」


「そ、そりゃあ……私は、晴斗のカノジョだもん。晴斗のことを1番にわかりたいと思うのは……当然のことでしょう?」


「ふーーん、そっかぁ~」


 一瞬ビクついた表情を見せた佐倉さんは、すぐさま口角を上げた。

 そんな彼女は、人差し指を自分の口許くちもとへと当て「しっーー」と言うような素振りをした。


「内緒! そこは自分で気づかないと意味がないので」


「えぇ~~っ!?」


「答えは自分で見つけないと、いつまでも問題解決にはならないよ? でも、私もそこまで鬼じゃないし、1つだけ言ってあげる。まぁ思ったのは、凪宮君は立派に渚ちゃんの彼氏してるんだなぁ~って思ったかな」


 この佐倉さんの反応は、絶対晴斗がおかしくなった原因がわかってるやつだ……っ!!

 こういうところ、やっぱり藤崎君とそっくりすぎる!


「まぁまぁ、そう慌てなさんな。答えは教えないけど、一緒に考えてはあげるから。まず話を聞く限りだと、凪宮君はその痣について訊ねてきたんだよね。……念のために訊くけど、その痣はどこでつけたものなの?」


「……わからない。授業中に押してみたら若干痛みは残ってたし、この位置だと多分、どこかにぶつけたんだと思う」


「んで、そのことを言わなかった。要するに“バイトのせい”にしなかったわけね?」


「そ、そりゃあ……知られるわけにいかなかったし」


「――つまり、ってことね」


「……っ!?」


 佐倉さんは頼んだ紅茶を飲みながら、私の急所を抉った。


 ……どうして、私があのとき咄嗟に嘘をついてことを知って……。もしかして、知らない間にボロ出してたとか?

 慌てた様子を魅せる私を、佐倉さんはクスッと苦笑いを浮かべた。


「『どうしてわかったのか』って顔してるね。ふふっ、本当渚ちゃんって面白い!」


「……いい意味に聞こえない」


「そりゃそうだ! ねぇ。凪宮君って、渚ちゃんより頭いいでしょ?」


「えっ? ……う、うん」


 私は事実である質問にコクリと頷いた。


「やっぱりね。授業でもあまりノート取ってない感じだけど、それでも小テストは毎回満点。でも本人が根暗なだけに誰も近寄らないってことか」


「わ、わかるの?」


「そりゃわかるよ。これでも他人より洞察眼優れてる方だから。……まぁほとんど癖で身についたようなものなんだけどね。それでも、本物の天才には会ったこと無かったから、生で見たときは驚いたなぁ。あれこそまさしく、才色兼備って言うのかなって!」


「……それと晴斗がおかしくなったことと、何の関係があるの?」


「――何もないよ?」


 ガクン、と私はカウンターへと勢いに任せて倒れる。


「……いや、直接的な関係はない、の方が正しいかもね。ただ、確かめたかったんだ。けどお陰で確信が持てたよ。道理でクラスの男子達が声をかけても靡かない渚ちゃんが落とせるわけだよ!」


「お、落とされてないもん!」


「立派に口説かれてるじゃない! 今の現状がその証明でしょ」


「~~~~~~っ!!」


 何だかさっきから、佐倉さんのペースに飲まれてる気がしてならない……。

 藤崎君と似たような性格なのは確かだけれど、どこかが似ても似ついていない。彼のような一定のペースではないような感覚があって、全然意図が掴みきれない……。


「――ほら。そうやってすぐ顔に出る~!」


「…………へっ?」


「私だけにならまだしも、きっと凪宮君にも同じような反応してるでしょ? そうやって、嘘をつくとすぐに図星を突かれたような顔になる。それが原因かな」


「………………えっ?」


 脳内が軽い衝動パニックに襲われながらも、私は佐倉さんの言葉を反芻はんすうさせる。


 ……つまりは何? ――もしかして私、今朝晴斗に嘘をついていたのだと本人にバレてたってこと?

 本当のことを言わなかったのは申し訳ないって思ってるけど、まさかバレてるなんて思ってもみなかった。


 ……ようやく理解した。

 あのとき晴斗は、どういう気持ちがあったにせよ真面目に訊いてきていたのに、それを嘘って形で返されちゃ……そりゃあ晴斗も、怒って当たり前だ。


「それに加えて凪宮君は多分、図星を突かせないタイプ。前のときも思ったけど、どちらかと言えば『溜め込む』タイプだね。真逆だからこそわかっちゃうってのもあるのかもしれないけど。けどたとえ、私が今の渚ちゃんの心境を知らなくても、多分表情見ただけで『あぁ、嘘ついてるんだなぁ』ってわかっちゃうかな」


「…………そんなにわかりやすかった?」


「バレバレ!」


 急な羞恥心が芽生え、私はすぐさま顔を両手で覆い隠した。……やばい。滅茶苦茶恥ずかしいんですが――っ!!


「まぁ私から言えることはそんなもんかな。端的に言えば、嘘をつかずに全てを説明することが1番の策だと思うけどね」


「えっ……でも――」


「渚ちゃんの気持ちはわかる。けど、凪宮君が味わった心境がわかった私からすれば、彼には素直に本音をぶつけた方がいいと思う。また『嘘』で塗り固めるより、真実を打ち明けた方がいいよ。お互いのためにも、ね」


 嘘で塗り固めた言葉。

 ……今にして思えば、私ってどれだけ隠すのが下手なのだろう。他の人相手なら、自分の気持ちを隠すのなんて簡単なのに――晴斗のこととなると、途端にダメになる。


 いや、違う。おそらく逆なんだ。


 晴斗だから……隠す相手が恋人で、私の好きな人だから上手く隠し通せない。恋人としての経験値は浅くとも、幼馴染としての彼なら16年間、ずっと側でその姿を見てきた。

 ほんの小さな癖も見逃さず、仕草だけでわかってしまうほどに……。


 彼に隠せることなど、何1つとして無い――。

 隠し通すことさえ、きっと不可能なんだ。


 ……きっと私の考えはエゴだったんだ。

 自分のことだけを考えて、晴斗自身の考えにまで思考が回っていなかった。


 謝れば全てが丸く収まるの? それとも、また真実を求める彼に嘘をつくの? ……どちらも可能性と是非の確率を見ても、半々といった結果となるのは明らかだろう。


 だけど――そうやって誤魔化して、気がついたら元の関係に戻れる。そんな、浅はかだった『幼馴染』としての関係は……もうとっくに終わったんだ。

 晴斗はいつでも、嫌々言いつつも私への答えには『真実』を乗せてくれる。


 あのときだってそう。

 最初は断られたけれど、最後には私のことを考えてくれて、その上で答えを出してくれて……そんな彼氏に甘えていたのは、私の方なんじゃないの?


「…………」


 気持ちがグルグルしていて、とても居心地が悪い。

 晴斗のためにやっているこのアルバイトも、結局は私自身のエゴにすぎない。


 ――謝りたい。

 ――嘘で塗り固めた言葉を撤回したい。


 言いたいことははっきりしている。……しているはずなのに。何故か喉まで出かかっている言葉が、詰まって出てこない。


 真実を伝えて、あのときのように避けられるのが……とても怖くて仕方ない――。

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