第16話「幼馴染との、いつも通りだった今朝のこと②」
それから数分して鞄を持ったまま慌てて階段を降りてきた優衣ちゃんと共に家を出て、優衣ちゃんは私達とは真反対の方向へと歩いて行った。
別れ際に軽く手を振り、私と晴斗は他愛もない会話をしながら通学路を進んでいく。
「あ、そういえば、優衣ちゃんは私達と同じ高校を受けるの?」
「どうだろうな。詳しい進路とかについてはまだ決め兼ねてるらしいけど。ま、そんなのは高校に入ってから考えればいいしな」
「中学の時点で進路決めてる人に失礼だよ?」
「お前、どっちの味方なんだよ」
「あくまでも私は中立だから! 何でも晴斗の案に賛成はしないよ!」
けれど、晴斗の言い分は尤もだ。
実際私や晴斗だって、自分の将来に向けての進路なんて全然決めてない。成るようになれ――みたいな感じだった。だからこそ、進路や将来のことを懸命に実行しようとしている人達を小馬鹿にしたくない。
その道に向かって進んでいる人に対して失礼だし、自分の決めた道に他人からの干渉は厳禁だと良く聞く。まだそういったことが思いつかない私もそう思う。
「けど、それはあいつ次第じゃないか? 中学は一緒になったが、高校の選択は自由だし」
「へぇ~。意外と考えてあげてるんだ」
「お前は一体僕を何だと思ってるんだ」
「うーん。……認知に乏しい人?」
「言葉を選べ。後お前も言ってること大概酷いからな、それ」
――いや、晴斗よりは敵回してないし。大丈夫。晴斗ならわかってくれると信じてる!
「それにあいつ、進学校の選択肢なんて無いみたいだしな。相当低い確率だと思うぞ」
「そっかぁ……。でも、もし優衣ちゃんがウチの学校に来てくれたら、一気に賑やかになりそうだよね!」
「賑やかすぎるのも困る。主に僕が……」
本当に困ったような顔をされてしまった。
えぇっと……この場合、私はどうするべきなのかな。
ただでさえクラスという密集地帯が苦手な晴斗だ。クラスメイトでまともに話すのは私を含めた計3人だけ。それ以外は基本スルーが鉄則である晴斗に、賑やかな環境というのは確かに拷問でしかない。
けれど、晴斗の話によると優衣ちゃんがウチの学校に来る可能性は低い。
でも可能性はゼロじゃない。仮にもウチが一番家から近いことを考えたら、受けるか否かは真剣に考えてくれるかも。
――そんな話をしている最中のことだった。
途端、晴斗からの台詞が途絶え、私は隣を歩く晴斗に視線を向ける。
「…………」
「……は、晴斗?」
すると、晴斗が顎に手を当てて考える私を〝じーっと〟見つめていた。
普段のようなだらけさを感じさせないほどの眼力を持ち、少し機嫌が悪そうにも見える。……こんな顔してる晴斗、珍しいな。
「……その跡。なに」
「跡?」
「……腕のところに付いてる、それ」
晴斗はそう言って私の右腕を指し示す。
指されたところを見ると、ほんの小さな打撲の跡が残っていた。こんな小さな跡、全然気がつかなかった。でもこんな小さな跡見つけるなんて、一体どんな視力してるのよ……。
腕の跡の場所からして、おそらくバイト中にどこかにぶつけたのかも。
……でも、バイトのことは秘密にしなくちゃサプライズの意味がないし。これぐらいの跡なら家の中でぶつけたって可能性もあるし。
「えっと……ど、どっかにぶつけたときの、かな?」
「…………ふーーん」
正直これを付けたときのことなんて覚えていない。
バイト始めた頃なんて右も左もわからなくて、仕事内容を把握することに時間費やしてたし、荷物運びばっかりやってたから、そのときの名残なのかな……?
「……本当に?」
「えっ、た、多分。これ、全然覚えてないし」
「…………そう」
――そう言ってからだ。晴斗が素っ気ない態度に変わったのは。
あれから数時間――晴斗は授業中でも休み時間中でも、私が幾つもメッセージを送ったとしても、無反応かつ無返信を続けている。
今朝、晴斗に指摘された痣は徐々に黄色く染まり、軽く押すと痛みを伴う。やはりバイト中、どこかにぶつかってしまったのだろう。だからと言って、そのことを晴斗に話すわけにもいかない。サプライズだもん、ネタバレは厳禁。
……それに、晴斗がこうなった原因は、果たしてそのことなのだろうかと思うから。
おかしくなったのはこの痣を指摘してから。つまり、こんな私でも気づかないような小さな痣に何かしらを気にしているということになる。……でも、一体何を気にしてるのか。
私は不意に視線を晴斗の方へと向けると、晴斗は窓の外へと視線を逸らしてしまう。
明らかに避けられている。――けどその真意を、今の私に確かめる術はない。
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