第13話「私の友達が、アルバイト先にやって来る②」

「へへへ! そんなに照れることないじゃないの! 本当に、渚ちゃんがここに立ってる立ち姿は魅力的だと思うし、その眼鏡が無かったら確実に客を殺してるわね」


「わ、私、どんな暗殺者と見立てられてるの……?」


 何も自覚が無いわけじゃない。

 自分がどういう立場の人間で、どれだけ周りに『優遇』されているのか――私はスクールカーストの恐ろしさも存在価値さえも……そして、その愚かさを、誰よりも熟知している。


 だから慣れない眼鏡を掛けて、少し視界が綺麗になった慣れない風景にも慣れる努力をして……そして、今もこうしてバイトを続けているのだから。


 佐倉さんにこう言われる要因は1つ。――私が周りを、としていないから。


 今まで向けてきたのは、学校内。要は、スクールカーストが有効な範囲のみ。

 常に周りは多勢。それ以上でも以下でも無く、私が夢中になるのは――誰よりも頭が良くて、周りのことを考えていて、そして私を優遇しない。そんな、幼馴染の晴斗だけ。


 ……でも、やっぱり自覚はしないといけない。

 同じ過ちを繰り返さないためにも、私は自分の立場を弁える学校内と同じように、周りへの優遇も考える必要があるのかもしれない。


「もし、もしだよ? ――もしこれを凪宮君が見たら、結構戸惑う様が見られるかもよ? もし見れたら大反響じゃない? 仮面の下を見れる、みたいな?」


「ちょ! それだけは止めて!」


 ……そんな私の思考とはいざ知らず、佐倉さんは私を弄んでいた。


 とは言っても、別に彼女の言動や行動にイラつくようなことは決してない。

 晴斗の場合はしょっちゅうイラついてるのを見かけるけど、それはきっと藤崎君が“本当の意味”で晴斗を煽ってしまっているから。


 どうしてあんな真反対な2人が噛み合うのかと、中学時代の一時期、有名になったこともあったっけ。……本当、私にもわからない。


 でも、これだけは確信を持って言える。

 佐倉さんもそうだけれど、ちゃんと相手の嫌がる言動や行動を理解した上で煽ってきているということ。つまり――一線を超えた罵倒はしてこないということ。


 不思議だとも思う。

 どうしてこの2人は、一線を超える発言をしないのか。晴斗を見ていて思うけれど、彼と藤崎君が本気で喧嘩しているところなど見たことがないのだ。

 共通していることは即ち――他人に深くまで侵入してこないということだ。


「あははは! さすがに冗談だよ! 安心しなって!」


「もぉぉ……」


 佐倉さんはスマホ画面に映った私のバイト制服姿の写メをフォルダから削除する。

 ……っていうか、その写真いつ撮られたんだろ。

 カウンター席でお茶を用意している様子が収められていたことから、この喫茶店に入ってくる前に撮られたんだと思うけど。


 けどこれを晴斗に送り付けたところで『……何これ』っていうメッセージが返ってくる普通な未来しか想像出来ない。


 佐倉さんとの疲弊する茶番を繰り広げた後、私は注文されたケーキと紅茶を用意する。

 いつものように喫茶店のアルバイトをしているだけで、お客さんも多くないはずなのにどうして今日はこんなに疲れてるんだろう……謎が植え付けられた。


「はい、ショートケーキと紅茶。今日のはフルーツティーだよ」


「何が入ってるの?」


「バナナと林檎かな。結構美味しく出来たと思うけど、好みは分かれるかも」


「そっかぁ~。……にしても、結局頼んじゃったな~」


「やっぱり、こういうところに来ると女子の本能に逆らえない……的なやつかな?」


「どうなんだろうね。女子が全員スイーツとか流行りモノが好きってやつじゃないだろうし、そこはさじ加減じゃないかな?」


 佐倉さんは私と少しの談笑をしつつ、ほとんど客足のない喫茶店でのんびりと過ごしていた。

 他のお客さんも同様、各自好きなように過ごしている。

 一緒に来た人達と談笑したり、大学から出た課題らしきものに取り組んでいる人もいる。店長の粋な計らいで、ここは本当に自由気ままに過ごせる憩いの場のみたいな――。


「あ、そうだそうだ。聞きたかったことがあるんだけど。凪宮君への誕生日プレゼントってもう決めてるの?」


「……えっ?」


「だってさ、誕生日プレゼントを買うためにアルバイトしてるんだったら、ある程度の目星は付いてる……ってことでしょ?」


「……そういうものなの?」


「そういうもの。……ってことは、まだ決めてないの?」


「う、うん……」


 佐倉さんは私からの返しが意外だったのか目を丸くする。


 雑誌や週刊誌などに興味を持たない私は、特別流行に乗っているものをプレゼントしようとしていたわけでもなく、ただ単に今までとは違うプレゼントをしたい――という大雑把な計画しか立てていなかった。

 ……やはり、具体的に案を出してからの方が良かったのだろうか。


「そっかぁ。それは少し欠点かもね。……だったら明日か明後日、一緒に買い物に行かない?」


「……いいの?」


「もちろん! 1人より2人ってね! それに、渚ちゃんってかなりうとそうだし!」


「そ、そんなに疎そうに見える……?」


「周りに合わせてるときはそうでも無さそうだけど、実際中身を知ってると倍以上に疎く見えるかな。けど、2人で行った方が案も幅広く取れるだろうし、購入の幅だって広がるでしょ?」


「あ、ありがとう……!!」


 そっか……今の私には佐倉さんという『友達』が居るんだ。


 周りからの情報なんて一切シャットアウト、当てにもしてこなかった。だから誰かと他人へのプレゼントを決めるというのは、完全に初めてのこと。それに、具体案を出すためにも人数は多い方がいいというのにも納得がいく。


 1人で考えることには所詮限界がある。

 たとえどんな天才児だとしても……賛否両論はあれど、人間は誰かと競い誰かと支え合って生きていくもの。1人で出来ると思い込めば、後は追い込まれる他ない。

 天才児だって、凡人という集団で考えをまとめることの出来る天才には敵わない。


 自分が現状の天才なのだと、そう買いかぶることは敗北にも繋がる――晴斗が昔、勉強をするための糧として教えてくれた。


 私はそんな目線で見たことが無いからわからないけれど、1人の力に限界があるというのはよく知っている。

 どれだけバカでも、どんな天才児でも……それは誰にでも当てはまる。


 ……だから私も変わる必要がある。

 周りを警戒してばかりでなく、前へと進むために――。

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