第10話「幼馴染は、僕なんかよりもよっぽど神に愛されているらしい」

「次、凪宮くん」


「……あっ、はい」


 気づけば僕の番までくじは進んでいたらしい。

 席を立ち、黒板前の教卓の上に置かれた箱の中から1枚だけ紙を選ぶ。そこに書いてある番号は、黒板に書かれた座席番号を指し、次の席はそこに決まる。


 僕は選び終え、すぐに自席へと戻っていく。

 そして、折り畳まれた紙を何の躊躇いもなしに開いた。


 普通なら周りの奴らみたいに緊張感を持つべきなのかもしれないが、生憎席はどこでもいい。――あいつと向かい合わせ的な配置でなければ。

 席替えそのものに面倒くささを感じている僕に、挑むという覚悟は既に欠落していた。


「えっと……22番」


 割と後半の方の番号を引いたらしい。

 黒板を確認すると、その番号に当たる座席は


「……えっ、ちょっと待って?」


 僕は一抹の不安に駆られ、机の上に放置状態にされたスマホを手に取り、あいつとのメッセージ欄を確認する。そこには――『オレ、窓際の2番目だったぞ!』と表示された。


 最早現実から逃避したい事実が降り積もっているではないか……。


 ……マジで言ってんの、これ? 透と席が前後とか、ふざけてるにも程がある。


 しかもこれで、僕と透が同じ班になるということがほぼほぼ決定してしまった。

 僕は今まで席替え如きで感じたこともない絶望感に浸っていると、追い打ちをかけるようにして、又もやあいつから新規メッセージが届いた。


『美穂と隣同士になった! やばくね!?――13:56』


 まさに運命の悪戯だった。

 透の幼馴染である『佐倉美穂』さん。渚の唯一の友達である彼女だが、僕は彼女に多大なる恩義がある。それに、佐倉さんがいれば透がいても平気か、と謎の安心感に浸れる。


 そんな安心感を払拭させるように――今度は、渚から短めのメッセージが届く。

 だから何で優等生が1番前の席で堂々とスマホ弄ってんだよっ!!


『どこの席だった?――13:59』


 ……まぁ安定の質問だよな。

 一緒になれるといいね、なんてメッセージを送ってくるぐらいだ。その対象である僕の今度の座席に興味を持たないはずがない。

 特に隠すような動機も理由も無いため僕は返答した。


『窓際の1番前。ちなみに、透と佐倉さんと同じ班になりそうだ――14:01』


『なるほどね……。じゃあ、私は絶対晴斗の席の真隣の席を引く!――14:02』


 返ってきたメッセージはあまりにも突発的で、突拍子も無い現実味を感じさせない返事だった。


 …………はっ?? いやいやいや、ちょっと待って!!

 何親戚とかの集まりみたいにしようとしてんの、この人達!


 というより、それ以前の問題だ。じゃんけんで渡辺に負けた出席番号1番である渚は、実質的に1番最後に引くこととなっている。つまりどっちみち彼女に与えられる番号は余り物ということになる。……ピンポイントで残る方が難しい。


『現実を見ろよ、現実を――14:04』


『大丈夫だよ! 絶対引けるから!――14:05』


 その自信一体どこから出てきてるんだよ……。


 いくらこの幼馴染が神様からのご加護を受けし“神の子”だとしても、そこまでの奇想天外な『奇跡』など起きるはずがない。そんなの、神様頼りにしたって神様にも限度ってものがあるんだし…………と。そう思っていた時期が、つい数十秒前の僕にはあった。



 ✻



「――なーんかさ、こうなってくると奇跡に感じるよな! オレ達がまさか一緒の班になって、隣接で合流するなんてさ!」


「ほんとほんと! ここまでくると逆に驚きを通り越してドン引きしちゃうレベルだけど……でも話したことない人と一から、ってことにならなくて安心したかな~」


「佐倉さんでも初対面は緊張するの?」


「そりゃあそうでしょ! 誰もが渚ちゃんみたいな性格だったら、非っ常に有り難いんだけど現実はそうじゃないからねぇ~?」


「おい、何でそんな目でこっち見てんだよ!」


「べっつに~?」


「何だよそれ、教えろよー!」


「そんなに知りたかったら、過去の己を自問した方が早いんじゃない?」


「……というか、晴斗大丈夫?」


「………………現実は残酷だ」


 席替えの結果は、僕自身に残酷かつ非現実な未来が突きつけられた。

 僕達は偶然にも……いや、偶然だと思いたい神引きにより、まさかの同じ班に。更には席までもが前後左右同士となってしまったのだ。




 さて、これを前提に訊こう。

 ――一体誰がこんな結果を予想出来たと思う?


 この現実が突きつけられた際、僕は寧ろこの現実から目を背けたくなった……。

 何度も瞬きを繰り返し、刺激を与えるほどの衝撃を頬に与えてみたものの、この現実が変化し夢オチ……なんて結果になるはずもない。


 ……だが、この幼馴染の本質を忘れていた僕もいけない。

 この幼馴染は『無敵』であるのだということを――。


「……登校拒否しようかな」


 月末のオリエンテーリングは確か出席日数には加わらないはずだし、別に当日2泊3日の研修行かなくったって問題ないよね?

 よし、再来週のオリエンテーリング休もうか……。


 神に愛されすぎているこの女から、少し距離を置きたいなと本気で少しの間そう思った。

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