第75話「幼馴染は、告白する。②」
「……やっぱ、まだモテるんじゃん。せっかく“根暗ぼっち”やってるのに、意味無くなっちゃうんじゃないの?」
「そうかもな。……だから、お前をこの件には関わらせたくなかった」
「……えっ、どういうこと?」
「……お前を深入りさせたら、またあれやこれやで悩むと思ったから」
「…………そう、かもしれないね。……それで?」
「その日の放課後に、この手紙をくれた人と話したんだ。でも、お前を関わらせたくなくて。それで、佐倉さんに協力を頼んだ。お前をこの件に深入りさせないように『一緒に帰ってくれないか』って相談したんだ。だから、佐倉さんも実質グルだ」
「…………つまり、知った上で私と関わってたってこと?」
膝の上で握り拳を作る渚は、ぎゅっと下唇を噛み締めた。
おそらく渚は勘違いしている。佐倉さんが『今回の件のためだけにお前の友達をやっていたのかもしれない』という盛大な勘違いを。――だが、そう思い込む要因も、わからないではない。こいつは今まで、親身になってくれる“本当の友達”という存在がいなかったのだから。
……だが、そんな要因を作ってしまったのは、元はと言えば――僕のせいなんだよな。渚が……他人を簡単に自身の『輪』に入れないのは。
「勘違いするなよ?」
「……何を?」
「佐倉さんのことだよ。放課後のことを頼んだのは事実だけど、お前が教室でいつも残って勉強してるって教えたら『じゃあさ、お願いしたら勉強教えてくれるかな?』って言ったのは佐倉さん自身だ。そこに関しては僕達も一切関与してない。……だから、佐倉さんのその気持ちは疑うなよ」
「……うん。わかってる」
その話を終えた途端、力強く握り締めていた拳を、そっと緩めたのを認識した。
これは、僕が話さなかったら、在らぬ誤解を招くところだった……。そうなってしまったらこいつは……また、人間不信になってしまう。
だが――全てを知りたいと言ってきたのは、渚自身でもある。彼女に全てを話すと覚悟を持ったのと同じように、渚にも受け入れるという覚悟が必要だった。
絶対に逃がさないと思うのは、どうやらお互い様らしい。
「……晴斗は、その手紙……返事は、どうしたの?」
「わざわざ言う必要あるのか?」
「ぜ、全部話すって約束したじゃん! …………晴斗には、隠し事されたくないよ」
「……渚?」
明らかに様子が変動していた。動揺という一言で済ますには至らない、怒りも混じったような……いつもの彼女とはかけ離れた想いがこぼれていた。
「あのとき……私は、晴斗に何も出来なかった。苦しんでるのに、助けてあげたいのに……どうやったらいいのかって、ずっと……わからなくてっ……。『大丈夫』とか『気にするな』って言われるだけで……もう、嫌なの。あのときのことが、また起こったらって考えると、今でも怖い……。また晴斗を守れない。――そう思い知らされるのが嫌なのっ!!」
「それは……」
「わかってるよ。晴斗は、いつもそうやって『お前のせいじゃない』って言ってくれる。……そうだよ。関係ないよ。……何が悪いの? 容姿や性格だけで、周りから勝手に
――僕こと『凪宮晴斗』と『一之瀬渚』は、誰もが認めない幼馴染だった時期があった。
あのとき僕は、こいつを守るために……もう、周りから非難されないために、こいつから離れる選択をした。
だけど渚にとって、それは何よりもやっちゃいけなかった選択肢だった。
そんなことに気づいたのは、つい最近。何年の月日が流れようとも、こいつは一歩を踏み出そうとしてくれている。僕達のペースで……一緒に。
あのときに起こったことがまた高校でも起きるかもしれない。そういうのを承知の上で、渚は僕に――告白してくれたのだろうか。たった一言「好き」だと告げて――。
だから僕も、伝えようと決めたんだ。
「勝手に解釈するんじゃない」
僕はいつも以上に声を荒げる彼女の額にでこぴんをお見舞いした。
相当この件に対してのショックがデカいのか、それとも僕への不安と不満が溜まったのか……彼女の態度からはその両方が感じられていた。
しかし、僕の必殺でこぴんにより、怒りではなく不満という形で渚は頬を膨らませた。
「ちょ、何するのよ!」
「人の話は聞け。……断ったよ」
僕はため息混じりにそう言った。偽装でも何でもない、それしかない事実を。
あの日、よく知らない眼鏡っ子の女の子に『付き合ってください!』と真剣な目付きで告白をされた。
同行していた透以外には物陰からの気配は無い。誰かの脅しであったり、罰ゲームか何かと一瞬思いはしたが、そんな楽な道は人生そうそう無いらしい。
僕はそのとき、失礼ながらもこんなことを考えていた。この、たった一言を告げるのに、どれだけの勇気が必要だったのだろう、と。好きな人に自分の想いを伝えるというのは、どれだけ大変なことなのだろうか、と。
そんなことを考えつつも僕は『ごめん』と、その一言で断った。
何かしらの言葉をかけるべきだったのだろうかと、そんなことも考えたが、あの春休み――渚に会いに行く勇気が無かった愚かな自分に、そんな資格は無い。
それに、だ。
僕は始めからこの告白を承諾しようとは思ったことは――1度も存在しなかった。
相手が……お前じゃなかったから。
「そ、そう……なんだ。勿体ないことしたんじゃない? 晴斗のことを好きになる変わり者なんて、そう簡単に見つかるわけないのに」
煽ってんのかこの野郎。
……恋愛ごとから果てしなく遠い僕が威張れる立場でないことぐらい、遠の昔に知ってるっつーの。
「はぁ……。何だ。お前は僕と誰かをかけ落ちでもさせたいのか?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「じゃあ何だよ」
「……だって。晴斗のことを……あんなに卑屈に物事を捉えて、すぐネガティブ思考に陥る晴斗を本気で好きになってくれたんでしょ? ……勿体ないよ。そんな人、星の数もいないのに……」
……やっぱり煽ってるようにしか聞こえなかった。
だが、僕は慌てたりなどしなかった。もちろん、これが彼女の本音なのだとしたら素直に受け取るべきなんだろうが――そんなことは、在り得ない。
何故なら、渚の
自分ではなく、敢えて「好き」だと告白してくれた相手の元へ行かせようとしている。それはおそらく、渚なりのギリギリな配慮なのだろう。……そんなこと、思ってもいないくせに。
改めて思い知らされる。僕という人間は、学校内のトップカーストを占領する、この容姿端麗に才色兼備の幼馴染に――一之瀬渚という人物に、深く愛されているということに。
こんな気持ちを知ってしまったから。
こんな真剣な思いを言われてしまったから。
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