第73話「僕は、幼馴染との未熟だったあの頃を追い払う」

 それにしても不思議な縁があるものだ。

 幼馴染という関係性であるのと同時に、恋人同士である通話越しの2人。こんなにも身近に居てすぐに相談に乗ってくれるなんて、恵まれているという他に言葉が見つからない。


 …………そういえば、確か佐倉さんの方から告白したって言ってたなあいつ。


 確か――身体測定があった日、佐倉さんと初めてあったあのとき、あいつと佐倉さんが『幼馴染』であることを知ったと同時に『恋人同士』なのだということも知った。そしてその後、透の惚気話に付き合わされたとき――「ずっと好きだった」って佐倉さんから告白をされたと聞かされた。……十分な惚気話だよな、これ。


 今までスルーしてきたけど、佐倉さんってどうやって告白したんだろうか。

 透から一連の流れは聞いたりはしたものの、あくまでアレは受け身側。実際に経験した人の意見を聞くのも悪くない、よな。


「……なぁ、佐倉さん。少し聞いてもいいか?」


『別に構わないけど?』


「……昨日、そこにいるアホから聞いたんだが。高校生になる前の春休み――確か、佐倉さんから告白したんだよな?」


『――なっ!? こ、こいつ、そんなこと話したの!? ちょ、ちょっと待ってて。今からこいつをあの世に送ってくるから……!!』


 ……あっ、これは確実に地雷を踏むどころか踏み抜いてしまったらしい。通話の向こう側で佐倉さんが一気に凶暴化してしまった……。


 微かだが『やめろって! その拳を降ろせって!』と断末魔の叫びが聞こえる。

 諸行無常。……お前は良い奴だったよ。


 ――と、無慈悲に見送ってやるのも手だが、僕の中では佐倉さんの経験談を聞いておきたいという欲求が勝った。そのため、僕は「もしもーし」と声を掛けた。


「あー、悪い。透を絞めるのであれば後にしてもらっていいか? いつまでもお手洗い行ってるのもおかしいし。それに、水族館内は迷惑になるから、出来れば家に帰宅してからにしてもらえると助かる」


『……それもそうだね。うん、そうする!』


 元気な返事が返ってきた。……よしっ、もう余命が僅かになったっぽいな。

 合掌がっしょうしてやるか……せめてもの慈悲だ。


『……それで、このアホはどこまで喋ったの?』


「具体的なことまでは聞いてない。ただ、佐倉さんが透に『好きだ』と告白して、あいつも動揺してたってところまでだったかな」


『へぇ……。動揺してるような素振りなんて一切してなかったくせに、この男は』


「…………えっ!?」


 ――あの透が、今ではカノジョである佐倉さんを、1度振っている……!?


 ……ちょっと待て。と、心にセーブをかけ、一旦僕の中にある記憶からあいつの言っていたことを思い出す。


 確かあいつの話だと、右往左往した挙句に付き合うことを決めた……みたいな内容だったはずなんだが。あいつ、一体どこで話盛りやがった……!!


『盛ってるわね完全に。いや……でもあながち間違ってはいないから、余計な部分をはぶいたって感じかな?』


「重要かつ大事な部分を割愛したわけか、あいつは……」


『そういうことになるのかな。……とはいえ、実際振られたっていう表現は大袈裟かもしれないし。私がそう思ってただけで。――事実を言うと、私が告白したとき「少し考えさせてほしい」的なこと言われてね。それで「今はごめん」って言って1回拒否してるの。それから数日経った後だったかな、透に「付き合ってほしい」って、改めて告白されたのよ。だから正式には、振られたわけじゃないけどね』


「……つまり、二重関係にあると」


 僕は呆れを通り越して感心していた。


 ……何というか、ここまでラブコメ作品の中にありそうなご都合展開が繰り広げられた出来事が、この世の中に存在しているということに。ある意味、三次元も捨てたものじゃないのかもしれない。だって初めてだよ、こんなご都合展開な惚気聞いたの……。


 自分から頼んだのもあるが、まさかここまでの創作世界のような話を聞かされるとは、夢にも思わないだろ?


「……とりあえず、1つ謎が解けた。ありがとう、佐倉さん」


『いいわよ別に。私もいい土産を貰ったからね』


「何のことだ?」


『透のご都合だらけの脳みそを綺麗にするのよ……! それに、あいつには少しおきゅうをすえてやる必要があるみたいだからね……っ!!』


「さ、左様ですか……」


 電話越しからのあまりの怒りに耐え切れず、僕は急いで通話を切った。そこに表示された『藤崎 透』という名前を見るのも、今日が最後となってしまうとなると……本当に寂しいったらない。ありがとう、友よ。安らかに眠れるよう、願う。


 手を洗い、スマホを懐に仕舞うと僕はそのまま渚が待つ合流地点へと向かった。


 声を掛けようと近くに寄ると、そこには両手を膝の上で固く握り締めたまま俯いた状態の渚が座っていた。その目袋には――うっすらと涙が溢れ出していた。


 ……何してんだよ、あいつ。


 異変には気づいていた。公園での出来事を気にしていることにも、そのときに聞こうとしていたことを気にしていることも。


 だが僕は、彼女は“知る必要がない”と、そう勝手に決めつけていた。

 渚の気持ちを知りながらもそれを無下にし、僕個人のエゴを優先してしまったのだ。


 ……なのに。


 ここに来て間もなく、彼女は僕が人混みに酔いそうになったのを気にかけてくれた。どうしてこうして……何で、お前はこんな僕のことを、未だに『好きだ』という目で見てくれるんだ。お前はいつもそうやって――


 小学生のあの事件のときも――僕のことを優先して、渚を守ってやれるすべが無くて。お前を避けることででしか守れなかった愚かな僕を、許してくれて……。


 そして今も尚――本当はの“トップカースト”の席に、お前は居てくれてる。


 それも全部……過去の、未熟すぎた僕の望みを聞いてくれているからなんだろう?

 …………どうして。そんなに辛そうにしてるのに、どうしてまだ、お前は……。


「……あっ。は、晴斗。遅かったね。でも、この混み具合じゃあしょうがないか」


 僕に気がついた渚は、即座に目元の涙を擦った。

 ……どうして、そんなになっても。お前は、僕のことを『好きだ』と訴えてくれる。


 ……でも、そうだな。お前が僕をまだ『好きだ』と思ってくれているのなら。あのとき言えなかった続きを……お前に言っても、許されるのなら――。


「――渚、少し付き合ってくれるか?」


「……ふぇ?」


「ふぇじゃない。とにかく、一緒に来てくれ」


「えっ……う、うん」


 あのときの僕達はおそらく、間違った選択肢をしたんだと思う。

 お互いを避けて、無関係な人間同士だと周囲に思わせることでしか守れなくて……そんなの、間違いに決まってる。


 だが、そんな過去があったから――今の僕がいる。


 あのときの選択肢が間違っていたのだとしたら、今なら直す手立てが絶対にあるはずだと認識出来たから。1歩を踏み出せたから――。


 正直、また同じことが起こったらと思うと、今でも足はすくむと思う。

 だが今はそんなこと関係ない。


 ――僕の想いを伝えることを、他人に遮る権利が一体どこにあるというのか。


 あのときの真っ暗で、心が痛い思いはもう2度としたくない。この後のことなんてどうでもよくなるほどに、今の僕には“何をするべきか”が明白に見えていた。

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