第57話「幼馴染は、私と外に出掛けたいらしい①」

 ◆一之瀬 渚◆


 謎のお預けを喰らった翌日の土曜日。

 私はいつも通り午前中から隣の家である凪宮家にお邪魔していた。


 目的はもちろん、秘密主義な晴斗が隠している情報を暴くため……ではなく、晴斗の妹である優衣ちゃんの家庭教師をするため。


 まぁ……その中に晴斗の真意の確認という項目が含まれていないといえば嘘にはなってしまうが、今はそれどころではない。やることはちゃんとやる。まずは優先順位の決定――それにより家庭教師をすることが優先されただけ。


 何より、私の横で真面目に勉強をする優衣ちゃんを見れば、こんな私情を持ち込むことは失礼だと思う。だから今は、放棄中なのである。


 ちなみに、私と優衣ちゃんはリビングにて勉強中。

 自室でもいいとは思うけど、やる気が削がれやすいからね。慣れた個室っていうのは。


 ついでに言うと晴斗は部屋で読書をしているらしい。

『らしい』というのも、晴斗本人を視認していないからあくまでの推論であるためだ。


 休日に行う彼の行動は、寝るか読書するか。2択のみ。


 そして幼馴染としての勘は働く。――寝るのだとすれば大抵リビングのソファーで寝るのだ、あの男は。何故なら、モチモチクッションがあるから。


 けれどいない。となれば、部屋で読書中ということになるのだろう。

 ――推論でしかないけれど。


「……それじゃあ、ここを前の問題のような式に変換してみて」


「はい。……あっ、出来た!」


「そう。それが正解。それじゃあ今日はここまでにしよっか。来週も復習から始めるつもりだから、しっかり復習しておいてね」


「ありがとうございました!」


 優衣ちゃんは「うぅ~ん」と声を上げながら天井めがけて背伸びをする。

 何だかこうやって会話してると、本物の教師と生徒みたいでとても新鮮だなぁ。


 私は別に、バイトで家庭教師をしているわけじゃない。あくまでもボランティアという名目だ。

 近所付き合いなんだし、ましてや隣の家。普通に『お姉ちゃ~ん! 勉強教えて~!』ぐらいのノリの関係。わざわざお金を払って貰う義理もないだろう。


 私は優衣ちゃんと同様、机の上の勉強道具を片付ける。

 時刻は丁度お昼時。……なら、もうすぐあいつも降りてくるかな?


 と、そう思った矢先、階段の方からギシギシと誰かが階段で降りてくる音が聞こえた。

 がいない以上、あそこを今使えるのはただ1人のみ。


「……終わったのか?」


「丁度終わったとこ」


 リビングに顔を出してくるなり挨拶もなく要件だけを告げる。うん、さすが晴斗だよ。

 先程まで何やかんや考えていた自分がアホらしく思えちゃうじゃない。


「これからご飯作るけど、晴斗も手伝ってよ?」


「部屋帰ろうかな――」


「帰らせると思うの?」


「ですよね……」


 問答無用で手伝わせる。それに、男手があった方が楽になるからね。


「あら、やけに大人しいのね。いつもだったらもっともがくのに」


「わかりきってる結末だったろ。……それに、どうせ僕が降りてこなかったら部屋に突撃してくるつもりだったんだろ?」


 さすがは幼馴染歴15年。お互いのやりたいことを言わずもわかっている。

 いつも隣にいることが当たり前な幼馴染――それは今でも変わらない。そしてそれは、これからも変わることはない法則。


 ……だというのに、一体晴斗は私に何を隠したがっているのだろうか。蒸し返してしまったじゃない! せっかく彼方に吹き飛んだのに、地球一周して舞い戻ってきてしまった。


「……んで、何作るんだ? まともな材料残ってないけど」


「そう言うと思ったので、予め私の方で用意させて頂きました!」


「ほぉ。それで。材料、これでいいのか?」


「それ以外に何が材料に見えるの?」


 私は持ってきたエプロンを着けながら率直な疑問で返した。

 エコバッグの中身から取り出した材料を見て「ふーん」と晴斗は鼻を鳴らす。どうやら材料だけで私が何を作るつもりなのかわかってしまったらしい。


「何てオーソドックスな」


「わかったんだ」


「……まぁな」


「じゃあ訊くけど、今から私達は何を作ろうとしているのでしょーか!」


「焼きそば、だろ?」


「正解! 一応訊くけど何でわかったの?」


「袋の中に『焼きそばの麺』が入ってたら嫌でもわかるだろ」


 晴斗が呆れ気味に答えたのを最後に、私と晴斗は無言で焼きそばを作り出した。

 途中、優衣ちゃんがチラチラと私達を見ていた気がするけれど、そんなことが気にならないほどに、この場の空気に押し潰されていた。


 それから出来上がった焼きそばを食べて皿洗いをし、私と晴斗はそのままリビングに残り読書会を開き、優衣ちゃんは部屋へと戻っていった。


 晴斗が右側で頬杖をつきながらラノベを読み、私が左側で蹲りながら一般小説を読む。



 ……………………………………………………………………………………。



 …………非っっ常に気まづいのですが?



 普段読書中に会話はしない私達だが、今日に限って場の空気が重く感じる。


 特別何か起こったわけじゃないというのに……どうしてこんなにも気まづい空気が充満しているのだろうか。


 やっぱり、晴斗に対して気にかかることがあるからだろうか?

 いや、だからってここまでの圧縮された空気にはならないはず。仮にもそう感じているのは現状、私だけなんだし、こんなにも気まづくはならない。


 昨日、藤崎君と隠し事をしていたのは間違いない。その内容を確かめることは出来なかったけれど、晴斗だったら私が何かに勘付いてることなんて知ってるはずだし。


 ……ダメだ。変な思考回路になってる。

 一旦こんな考え放置したいんだけど、横に目でチラつく度にその思考は舞い戻る。


 そんな思考の繰り返しが、私に精神的苦痛を与えてるんだと思う。……我ながら貧弱すぎるでしょ、私の精神。


「………………はぁああ」


 すると、真横でいつものようにラノベを読んでいたはずの晴斗が、突然本をパタンと閉じてため息を吐いた。


「……集中、出来るか?」


「……何故かその気が起こりません。換気扇でも入れる?」


「そんなんで集中力が改善するのであれば、今頃社会現象が起こってるだろうな」


 確かに、人の集中力は長くは続かない。それが基本で、それこそが当たり前。

 誰しもが休憩を挟み、そして作業に戻る。その繰り返しが日々続けられているお陰で、こうして私達は生活に必要なものを会得出来るわけだし。


 寧ろ休憩が要らないものこそ、ロボットの革命だと思う。


 ……ってか、あれ?

 つい癖で思いっきり流しそうになってたけど、さっき晴斗何て言った?


 ――集中出来ない。って、言った? ……それって、晴斗も私も、同じってこと?


「……ま、こんな日もあるか」


「……読書好きな晴斗でも、集中力が続かないってことあるんだね。初めて見たかも」


「何言ってんだ。いくら何でも睡眠には敵わないぞ、僕でも」


「人間の三大欲求には敵わなかったかぁ……」


 思い返せば、色々とそんな場面があったような無かったような……でも、あった確率の方が高いのは何となくわかったよ。うん。


 いやまぁ……晴斗が常日頃からラノベを持参してるもんだから、ついそういう風に見ちゃう傾向があるというか。三大欲求も、仕事はしてたみたいで少し安心した。

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