第56話「幼馴染は、僕の隠し事を知らない②」
15分休み。僕と透は裏庭のベンチに腰を掛け、今朝の手紙を開封していた。
透の意思決定により手紙を開封し拝読した結果――きっちり僕宛てのラブレターであることが判明した。
極めつけは、書かれていた内容だ。
『凪宮君へ
突然ではありますが、わたしは凪宮君のことが好きです! 大好きです!
こんな訳のわからない手紙を受け取って、やはり凪宮君にとっては迷惑な話になってしまうかもしれません。
けれどわたしは、それでも凪宮君のことが好きなんです!
クラスでいつも大人びた雰囲気で読書しているところなんか、本当にカッコよくて凛々しくて……王子様みたいでした!
いつもは遠くから見ているだけで満足だったのですが、やっぱり自分の気持ちは伝えたいと思い、こうして手紙を書かせていただきました。
なのでもし、この手紙を読んでくれたのなら、○日の放課後、体育館裏で待っています』
最後には丁寧な字でクラスと名前が記載されていた。
――疑う余地なし。ここまでの文章と、何度も書かれている僕の名前。はぐらかすことも言い訳をすることも出来ない。紛れもなく、これは僕宛てへのラブレターだ。
「はぐらかすのはやめろ! 手紙を書いてくれた相手に失礼すぎるだろうが! いくら『一之瀬渚』っていう“カノジョ”がいるからってなー!!」
「……その前にお前が人の話聞けよ」
朝も言ったが、渚は僕のカノジョじゃない。ただの幼馴染。それ以上も以下もない。
僕は人の話聞かないマンを放置して、再度手紙の内容を確認する。
「読書姿ってのはよくわかんないけど、王子様って……」
「お前には1番似合ってねぇ肩書きだな! ――へぶっ!」
ゲンコツ1発、お見舞いしてやった。腹立ったから、しょうがないよね。
色々と自分じゃ想像も出来ないような文章の数々ではあったが、この手紙の主が震えた手で書いているのだけはよく伝わってきた。
ラノベのあとがきとかに偶に記載してあるのだが、『初めての執筆に緊張して、担当さんに「誤字ってますよー」と何度も言われた』と。
確かに緊張は謎の緊迫感に襲われるが、きっとこの人もそうなんだろう。
普段手紙とか書かない僕だが、その気持ちは……何となくわかる。
一通り読み終えた僕は、手紙を封筒の中へと仕舞う。この人の気持ちは、十分わかった。
「いいのか?」
「まぁな」
軽く返事をすると、透は「じゃあ」と続けた。
「まず言わせてもらうが――お前、この告白受けるのか?」
真剣な眼差しを僕に向けてくる。……こんなに真面目な透を見るの、随分久しぶりだな。
でも――訊かなくとも僕の答えは、既に出ている。
「逆に訊こう。僕が受けるように見えるのか?」
「無いな」
「なら訊くな」
即答の返事。絶対にわかってた反応だ。なら訊かないで欲しいものだ。
「だったら明日、きっちり断るこったな! しっかし相手は気の毒だな。こんな恋愛の『れ』の字すら知らないようなラノベオタクのどこがいいのやら!」
「それはお前にも当てはまるだろ。人にばっか面倒押し付けるなよ」
ラノベオタクが他人をラノベオタクと呼んでいることへの違和感すげぇな。
「だけどさ、1つ問題があるよな」
「何かあったか?」
「……明日、部活で何をやるか。まさか忘れてるとは言わないよな?」
「…………あっ」
透からの指摘に僕は
そんな僕の反応を予想していたのか、透は「やっぱりか……」と呆れ気味にため息を吐く。
僕達が所属する文芸部は週に2回活動があり、そしてその内の1回は文芸部恒例行事――『読書会』がある。それが丁度明日なのだ。
……というか、読書会なら昨日、渚とウチでやったばかりなのだが。
「お前なぁ……。一之瀬にこのことを知られたくないのなら、明日の日程ぐらい把握しとけよ……。さすがに呆れるぞ?」
「もう呆れてんじゃねぇか。……忘れてたのは悪かったけど」
「ま、お前はそういう奴だよ。1つのことに集中すると途端に周りが見えなくなるやつ」
ははっ、とからかい気味な笑い声をもらす。
そもそも読書会というのは、いわゆる感想発表会なるものをする。
小学生低学年だった頃とかによくやってたが、誰も本気で本読んでなかった気がする。
さて、話を戻そう。
明日のことに関して、どうして渚の奴が絡んでくるのかというと……。
あいつは文芸部の部活動がある日――部活が終わる時間帯まで僕を教室で待ち、鍵を職員室に戻しに行くのを口実として、一緒に帰ろうとしてくる。
まぁ時間帯も時間帯だから、女の子を1人で歩かせるわけにいかないし。
だからと言って習慣になりつつあるあの光景を突然『今日は先に帰っててくれ』と言っても勘付くに決まってる。妙なところで鋭いからな……。隠すの、上手いはずなんだけど。
「……とにかく、何とかしなきゃいけない。あいつを、帰らせる手立てを考える方法を」
「そうだなぁー。でも、何でそこまで入念なんだよ」
「……あいつのことだ。勉強はするに決まってるし、僕を待ってるっていうのも想定の範囲内。上手いこと誤魔化せるような相手でもない。これぐらいの準備は基本だ」
「なら、どうやってまくつもりだ?」
「そこなんだよな……」
幼馴染であるあいつのことは僕が1番わかってる。
もし、僕が体育館裏なんかで知らない女子に告白されている場面なんか目の当たりにしてみろ。確実に僕は天へ還ることになる。
そうならないためにも、何とかして“僕と一緒に帰る”という工程を崩さなくてはならない。そのためには、最低1人の協力者が必要だ。
教室で振り切る手立ては考えれば山のように溢れてくるが、その先の行動なんぞ無限大数の『未来』がある以上――簡単に予測は出来ない。それも……相手が渚ともなると。
すると、透が何かを思いついたように「あっ」と声を上げた。
「……ちょっと待てよ? 要するに、明日一之瀬を体育館裏に来させなきゃいいんだよな?」
「……まぁ、平たく言えばそうなるな」
「だったらさ――オレの幼馴染、美穂に協力してもらうんだよ!」
「佐倉さんに……?」
透はまるで人を煽るかのようなウザったらしいドヤ顔を浮かべてくるが、これほどまでにウザい顔を見たことがない――と思ったが、話が進まないのでこの気持ちは奥底に眠らせておく。
「そっ! どれだけの説得をしようと、一之瀬は理由を求めてくる。それを考えるのが一々面倒なんだよな。だったら、ここは敢えて一之瀬には普段通りでいてもらう。何の説明も無しに勉強を続けてもらうんだよ」
「……それで、どうするんだよ」
「そこでだ! いつも1人で勉強をしてる一之瀬のところに、仲良くなったばかりの美穂が加わったら?」
「なるほどな。カンフル剤って感じか」
「もっといい例えにしろよ!」
確かに、こんな透のカノジョになるような人だ。関わってみてわかったが、彼女も相当な陽キャだ。きっと渚のことを留めてくれることだろう。
善は急げ。と、いうわけで、早速佐倉さんにメッセージを送ってみる。内容を一通り記載し、その上で渚のことを頼めるかと要請してもらった。
その数十秒後――『いいよ~!――10:38』とあっさり返ってきた。ちゃんと内容を読んだのか少し怪しいところだ。
でもこれで、明日の部活後の心配は無くなった。
……この隠し事は、あいつが知る必要はない。無駄な不安を与えることになるし、こんな僕のエゴに関わる必要なんて無いのだ。
あいつに……余計な心配はさせたくない。
意味もないことで嫉妬させたくない。……渚は、ちょっとしたことですぐに不安になる。だから今回は何も言わない。
渚のことが、誰よりも大切なのだと気づいてしまったから――僕は、この隠し事を明かすつもりは微塵もない。
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