第53話「私達は教室で、女子トークをするらしい」

「うぅ~ん……! つっかれた~」


 私の目の前で佐倉さんは腕を伸ばしリラックスをする。

 最後に時計を見てから時刻は1時間半以上経過していた。それだけ集中して勉強していれば、肩が凝ったっておかしくはない。

 リラックスをすることは何も悪いことじゃないし、佐倉さんに便乗して私も腕を伸ばす。


「今日はありがとね~! 1ヵ月後ってすぐだからさぁ。めっちゃ助かったよ~!」


「私だったらいつでも大丈夫だよ。それにお礼を言うなら私の方。いつもより、勉強が捗った気がしたから」


「ほ、本当? 迷惑たくさんかけてない……?」


「そんなことないよ。わからないところがあるのは、逆に教え甲斐があるってことだから、私は寧ろ嬉しいぐらいだよ」


 それに、これぐらいのことで迷惑をかけていると暫定にも思うのだとしたら、一体私は晴斗にどれぐらい勉強を見てもらってることやら……。


「……いつもは1人、なの?」


「まぁそうだね。偶に晴斗も一緒だったりするけど、基本的にはそうかな」


「よく集中出来るねぇ……」


「意外と捗るものだよ。雑音とかも無いからね」


「まぁ、こんな無人の教室じゃねぇ。唯一の音源と言えば、外で必死に声掛けし合ってる運動部の練習だけだろうし。……でもでも! 1人より2人の方が、休憩の時間も有意義に潰せるでしょ?」


「……もしかして、そっちの方が目的?」


「ありゃ、バレた?」


 てへっ、と彼女は軽々と返答した。


 こうやって話していると、改めて実感する。佐倉さんのような陽キャとは関わりやすいと。

 これまでのクラスメイトとか野次馬みたいに、他人の境界線にズカズカと上がり込んできて、パーソナルスペースを荒らされずに済む。


 それだけじゃない。

 佐倉さんは、決して私が“嫌だ”と感じるようなことをしてこないし言ってこない。必要以上に、これくらいは平気だと、そうわかって関わってくれる。……彼女みたいな性格は、関わっていてとても居心地がいい。


 すると佐倉さんは「でもね」と続ける。


「勉強のことで感謝してるのは本当だよ? 正直、今でも不安だったりするんだぁ。勉強苦手だったから仕方ないけど」


「苦手……? 過去形なの?」


「あぁ~……えっとね。まぁ、現在進行形で苦手なのは変わらないんだけど。私ってさ、元々バカだったんだよね。成績はいつもワーストランクに入るほどだったし。運動が出来ればそれでいいって思ってたからさ。……透に会うまでは」


「…………幼馴染、だったっけ」


「そそ。んで、いざ関わり出したら透は私なんかよりも成績がよくて、幼馴染であることに恥ずかしさまで出てきてた。でも、透が行くところだった中学は、当時の私の成績じゃ足りなくてね。――だから決めたんだ。中学受験しようって! それで、高校は絶対同じところ行ってやるんだって! ……って、やけになって勉強したの。透にも見てもらって、何とか一緒のところ入れたって感じ」


「そ、それじゃあ、無理してここに……?」


「無理はしてないよ! 確かに少しは辛かったけど――今は悪くなかったって思うよ。こうやって、仲良しになれる友達が出来たからね!」


 瞬間――私の中で、何かが絡み合うような、そんな感じがした。


 ……私も、そう思う。

 彼女……いや、幼馴染と同じ学校に通いたいと思わなければ、きっと今頃私はまだ“本当の友達”を誰一人として持っていなかっただろうから。


「………………も」


「も?」


「…………私、も。そう思う。……佐倉さんと出会えて、良かったって思ってるから」


「~~~~~~っ!! もぉぉお……めっっっちゃ嬉しいこと言ってくれるな~~!!」


 すると、佐倉さんは何を思ったのか席を勢いよく立ち上がってその勢いのまま私に向かって勢いよく飛び込んできた。ぎゅっと、抱き締められた感触が身体中に伝わる。


「ちょ、ちょっと……!!」


 えらく興奮したらしい佐倉さんの力加減は上昇していく一方。今、私達以外誰もいない教室に、佐倉さんの喜びの歓声と私の困惑の声だけが木霊こだましていた。


 ……で、でも、こういうときって、どういう対応をすればいいのかな?

 何せ幼馴染があんな性格な上に、妹である優衣ちゃんは今の佐倉さんみたいなアゲアゲ~的な感じでもない。……多少悪ノリすることはあるけど。小悪魔だ、ある意味。


 と、とにかくこうなったら、出来る限りの案を上げよう! 背中をぽんぽんするとか? も、もしくは、一緒に抱き締める、とか?



 そのとき脳内に浮上したのは、いつかの晴斗の部屋で起こった出来事だった。



 思い出したことを激しく後悔したと同時に、スゴく恥ずかしくなってしまった。この状況に対してのこともそうだけど、何より――あのときのことを思い出したことに。


「あれ? 渚ちゃん、顔真っ赤だよ?」


「そ、そう? ゆ、夕日のせいじゃないかしら?」


 完全にアウト。目を逸らしたが故に、佐倉さんの顔はニヤけ度が増してしまった。

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