第51話「私は、友達からの提案に混乱するらしい」

「……どうしたらいいかな」


「何が?」


「……告白してからも、前と変わらず『幼馴染』でいてくれてるのは、スゴい嬉しいし、最悪な状況にはならなかったけど。……次は、わかんないから」


「うーーん。それじゃあ、私から1つ課題を出しましょう!」


「……ほえ?」


 今までの流れ的に……絶対碌な課題じゃないよね?



「手っ取り早いので、この方法を取らせてもらいます! 即ち――凪宮君と『デート』してきてください!」





「……………………………………………………………………………………………………」





 ………………アイドントアンダースタンド。



「もしもーし。おーい! 渚ちゃーん、聞こえてますかー?」


「…………はっ! ご、ごめんなさい……今、銀河系が見えてた」


「そんなに衝撃的だった?」


 そんなことを訊ねてくる彼女の口角は上がりニヤニヤとした表情を私に向けてくる。


 衝撃的と言うけれどね……。普通、いきなり好きな人と『デートしろ』なんて言われて、頭が真っ白にならない人の方がどうがしてるわよっ!!


「で、デート、なんて……。そ、そんな難題、私には……」


「だったら『デートという名のお出掛け』って名目にしてもいいんじゃない?」


「……えっ?」


「確かに、好きな人といきなりデートしろなんていくらなんでも直球しすぎてたね。ごめん。けどさ、仮に本当にデートするとしても、渚ちゃんはちゃんと出来る?」


「そ、それは……」


 下を俯く私の答えを佐倉さんも察知してくれたらしく「だよね」と相槌を打ってくれた。


 憧れではあった。幼馴染としてではなく、恋人としてのお出掛け。――デート。

 けれど振られてしまった今、おそらくそれが実現する可能性はほぼゼロに等しい。でも実現したらしたで、上手くデート出来るのかと問われれば「ノー」と答える。


「それに、渚ちゃんから聞いた情報を基にして推測することだけど、仮に渚ちゃんが『デートしたい』と名目しても、果たして凪宮君が了承してくれるのか……っていう問題にも繋がってしまう。だから、その目的は渚ちゃんだけが持ってればいいのよ! そうすれば、自然とお出掛けデート出来るんじゃない?」


 可能性の一部として在り得ないと一概には言えない。

 確かに近所への散歩とかでも晴斗と一緒にどこかへ出掛けられれば私は十分幸せ。


 ……でも、甘い。甘すぎるよ佐倉さん。あの面倒くさい幼馴染を甘く見てはいけない。


「ほよ。どういうこと?」


「……いい? そもそも晴斗の自称する“根暗ぼっち”っていうのはね、本来――人が密集する場所を極端に嫌うの。普段人との関わりを持たない分、人が集まる場所には中々近づかないのよ。……その証拠に、以前デパートに買い物で付き添ったときも、わざわざ密集してるところを避けて歩いたんだから」


「あっ……そんな苦労してたの」


 あのときは本当に大変だった……!

 でも、晴斗自らあんな密集地帯の代名詞みたいな場所に赴いたってだけでも、貴重な進歩になっているに違いない。


「ま、理由はどうであれ――一度ぐらいしてみたいんじゃないの? デート!」


「~~~っ、…………そ、そりゃあしてみたいけど」


「凪宮君も楽しめなきゃ意味がない。とか?」


「それも……ある、かな」


「わぁお……!」


「……何、どうしたの?」


「いや。今どき男子の意見も取り入れて考える天然女子が居たんだなぁと思って」


「普通なんじゃないの?」


「意外とそうでもないんだよ。付き合ってる男女に限ってのことじゃないけど、大抵は陽キャの女子が仕切ってる。楽しんでる男子もいれば、半々な男子もいる。だから、相手のことを考えられる渚ちゃんは、ある意味天然だね!」


 驚いている様子で淡々と語る佐倉さんに合わせる形で相槌を打つ。……って、誰が天然よ誰が! 新鮮って感じで言いたいのかもしれないけど、間違った解釈してしまいそう。


 でも、自分の中では当たり前の知識だった。


 お出掛けでも何でも、自分ばかりが楽しいと感じてしまうようなことは1人で遊んでいるのと同義。

 2人以上なら、その人数で『楽しい』と感じれることをする方が何倍も楽しいと思う。


 ――っていうのを、前に優衣ちゃんから言われました。はい。


 私から遊びに行く方が多かったせいか、年齢層が近い優衣ちゃんとも意見は合うし、何より楽しかったから。3人で遊ぶことは。

 そして、回想へと入っていた私の意識を佐倉さんは両手を叩いて呼び起こした。


「まぁ、それはそれとして。話、戻していい?」


「……何の話だっけ」


 割とガチ目な話をしてたのは覚えてるんだけど、如何せんどんな内容の話をしていたのか、すっかり記憶が飛んでしまっていた。冗談じゃなく。

 そんな私のガチな反応をの当たりにした佐倉さんは大きく項垂うなだれた。


「はぁ……。いいですか? 今さっき話してたのは、渚ちゃんのが密かに人気を集めちゃってるっていう話です。オーケー?」


「だ、だん……!?」


 絶対に方向性が違ってる気がします! 断固審議開口を提案しますっ!


「何今更こんな言葉1つで動揺しちゃってるのよ。もっとスゴいことしたんじゃないの? 告白っていう大イベントにさ。凪宮君のこと、そういう意味で好きなんでしょ? だったら一々これぐらいで大騒ぎしない! もどかしい!」


 何だか今の佐倉さん……まるで大将みたいな言い方してたんだけど……。何というか、ここだけ時代がタイムスリップしたみたいな……?


「はぁ……。でも、考えてみれば意外だよねぇ」


「な、何が?」


「凪宮君のことだよ。一見クールそうだな~って印象は受けてたんだけど、まさか他クラスに惚れるような女子が現れるとはねぇ。案外、人のことを見てる人って多いんだね」


「そう……だね」


 このことは初めてじゃない。過去にも、似たような出来事があった。


 普段誰とも接点を持とうともしない自称“根暗ぼっち”である彼の魅力に惹かれてしまった女子達が、何人も。『好きです!』と、告白していた。

 私とは違って勇気がある人達を容赦なく薙ぎ払ってきた晴斗も晴斗なんだけど……。嬉しいような、切ないような……。


「……その反応。なぁーんか好かないなぁ」


「えっ?」


「渚ちゃんは悔しくないの? 旦那様が他の女子に寝取られるかもしれないのに!」


「さすがに寝取られはしないと思うけど……」


 本人のあの性格上、多分、幼馴染である私にもそういう感情は湧かないと思う。


「いやいやいや! 渚ちゃんこそ甘いよ! 男子には誰しも『欲望』っていうのが常に渦巻いてるもんだからね! そこ、大事!」


 ビシッと、人差し指を向けてくる佐倉さん。


 確かに『欲望』っていうのは誰しもあるのかもしれないけど、晴斗の「本が読みたい」とか「寝かせろ」っていうのも、ある意味欲望な気が……。


 ……あれ? 佐倉さんがこうも主張しているということは?


「……もしかして、藤崎君もそうだったりするの?」


「えっ? ……まぁそうだね。あれでも一応男子なんだから、そういう欲望があることは百も承知。――ま、私達の場合、の方が強いけど……」


「今何か言った?」


「ただの独り言。それよりも! 渚ちゃんに必要なのは、容姿にも性格にもなびかない幼馴染をどうやって振り向かせるかが重要なわけ。小さなことからコツコツと、っていう方法もアリだけど――それよりもまず、意識をさせるってことが大事なの! だから――」


「……デートをする、ってこと?」


「そう! 話が早いじゃない!」


「…………でもぉ」


「大丈夫! 渚ちゃんからの誘いなら、凪宮君は考えてくれると思うよ!」


 何故か妙に晴斗のことをわかっている風に言ってるけど、どうしてそう言い切れるんだろう? 根拠がない……って感じじゃなさそうだし。何かしら理由があるんだろうけど、私にはそれがわからなかった。

 唯一可能性があるとして、藤崎君から聞いているってことだろうか。


 そんなこんな話を進めていると、予鈴を知らせるチャイムが教室内に響き渡る。

 私と佐倉さんは借りていた椅子と机を戻し、それから自席へと着く。


 少ししてから後ろの扉が開き、晴斗と藤崎君が一緒に教室に入ってきた。……ああいう風景、ちょっと羨ましい。


 私は彼に「おかえり」も「遅かったね」とも言えない。

『クラスメイトがいる教室で、トップカーストが最下層カースト者に平然と話しかけるものじゃない』と、昔晴斗に言われたことがある。

 私としては構うこともなかったけど、晴斗のあんな真剣な目つきには敵わなかった。


 そのことがあってから、基本的には教室で会話はしない。

 用事ごとがあればメッセージでのやり取りで、ということになった。


 窓際の席へと着いた晴斗は、机に頬杖をつきながら窓の外の景色を眺めていた。


 ……あれ? 読書しないのかな。


 いつもなら席に着けば自然と読書するって流れだったのに。

 晴斗の趣味は、勉強よりも優先される。……睡眠は別らしい。


 だから少しおかしいこともあるんだなと思ってしまった。

 ――だからこそ、気づかなかったのだ。

 彼が、私になんてことを。

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