第三部

第49話「幼馴染は、私が努力してきた成果を知らない」

 私――一之瀬渚には、いわゆる幼馴染というのが存在する。


 古今東西。全ての知識を兼ね備えた天才児――それが、私の幼馴染だ。そして、そんな幼馴染に追いつき、追い越す。それが


 ……けれど、私のような努力家とはまた違った、まったく別の才能。彼には昔からその可能性が備わっていた。

 そんな彼の隣に居てもいいものか……正直、何度そう思ったか数知れない。


 私は昔から周りに好かれていた。

 努力をしなくとも、向こう側から歩み寄ってくる。これもまた、1つの才能なのだろうか。

 だけど私が欲しかったものは……そんなものじゃない。


 ――才能にだって、限界が存在する。


 彼が昔から口にしていた言葉だ。世の中の天才をまるで『凡人』として例えているような比喩表現。たとえどんなスーパープレイヤーだろうが、努力をして戦いの舞台に上がってきたプレイヤーだろうが、そこに立つには――必ずしも、過程がある。


 天才だろうが……凡人であろうが……――


 私は彼のそんな考えが好きだ。

 人を一括りで纏めない。才能という評価だけで簡潔させない。そんな考えを持つ彼が……いつしか好きになっていた。


 ――一体いつから? そんな質問をされた。


 明確にそれがいつのことだったかは覚えていない。そんな数字、遠に忘れた。

 重要なのは、彼の側に居られること。

 たとえ“ぼっち”になる道を選んだとしても、私は私が信じる彼を信じていくつもりだ。


 だが――その道には幾多もの障害が存在する。

 それは、無自覚に人を惹きつける才能が、私だけに留まらず――過去に、彼にも起こってしまったことだ。今すぐに改善を要求したい。


 小さい傷口は、やがて大きな傷口となるように。

 たった一つの傷を癒されたいがために、彼の隠された魅力に惹かれる女子が増えたことがあった。

 それは今から、2年前のこと――。



 ✻



 当時の彼――凪宮晴斗は、今現在と変わらず天下無双のぼっち街道まっしぐらだった。


 周りは関わろうとせず、唯一関わりを持ったのはラノベ仲間の藤崎君だけ。

 他のクラスメイト達にとって、彼は居るか居ないか――ただそれだけの透明感のある人だったということなのかもしれない。


 それでいい。

 彼の優しいところや厳しいところ。そして、実のところ容姿端麗であることなど……誰も知る必要はない。

 私にだけはっきりと視認出来る。それだけで十分だった。


 ……しかし、私はそうやって『誰も気づくはずがない』と勝手に思い込んでいた。


 だってそうでしょう? 誰も、と確証づけられる証明はどこにもない。

 だから私は……油断していたのかもしれない。

 学校でのメッセージのやり取りでも見せる可愛さにドンドンと惹かれていっているのが、自分だけなのだと。そう高を括っていたのだ。


 ――あ、あの! わ、わたしと……つ、付き合ってください!


 ある日の昼休み――珍しく晴斗がクラスから抜け出し、1人で図書室……ではないどこかに向かおうとしていたため、後を着けたときのこと。


 人気のない体育館裏。

 そこで晴斗は、見知らぬ女子から


 ……えっ!? う、嘘……ど、どうして、私以外に彼の魅力が伝わってしまったの!?


 自己暗示に陥る当時の私。

 思考をフルスロットルさせている間にも、あの二人の会話は進行しており、晴斗からの返事は何もない。


 私にはまだ出来ない、一世一代の告白。

 正直、聞いたとき――生きた心地がしなかった。


 いくら恋愛に無頓着な晴斗でも、こんな場所で、女子に『好きです』と言われれば相手が本気だということに気づくはず。

 普段は不愛想で、中々顔に出さない性格だけど、人間と同じ喜怒哀楽はちゃんとある。

 鈍感であっても、この告白に何の揺らぎもないはずがない。


 ……今、かなり焦っている。

 堕ちたんじゃないかって……あの茶髪にショートヘアの女の子と、交際を始めるんじゃないかって……。そんな不安が心中を駆け巡る中、


 ――……嬉しいけど、無理。ごめん


 微かではあったけど、彼から告白の返事なるものが聞こえた。

 その理由を訊かれていたが、私はそれを盗み聞くことはせずにその場を後にした。


 体育館裏を離れ、校舎へ戻る。

 そして瞬間――全身の力が一気に抜けたようにしゃがんだ。

 ……真剣に告白した子には悪いけれど、よかったと心底安心している自分がいる。


 窓から少しだけ、泣いている女子と晴斗の姿が見えた。どうやら本気で振ったらしい。


 ――……どうしよう


 今まで、思うこともしてこなかった。

 晴斗が誰かに取られるかもしれない。そんな、在り得もしなかった可能性を。


 そして私は――ここで気がついた。


 彼が、密かに人目を惹きつけているということに。それも、覗きはしなかったものの返事に若干の間があるのを計算すると……おそらく、晴斗はあの女子と知り合いじゃない。手紙か何かで呼び出されて……って感じかな。


 少なからず動揺はあったはず。なら、無意識にフェロモンを出していたとしか考えられないじゃない!


 ……このままじゃダメだ。


 そう思った私は、勇気とタイミングを調節し、あの春休み――告白をした。

 ――幼馴染を。好きな人を、目の前でどこの馬の骨とも知れないやからに奪われないために。

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