第48話「僕の心情と、親友からの忠告②」
だが、こいつに知られたら……何かダメな気がする。絶対こいつのことだよ、からかうなり混ぜろなり言ってくる。混ぜるな危険!
「……おい。何故そう言い切って訊いてくるんだ」
『えっ? つまりは何か? お前、幼馴染が“恋人”になったって自覚してんのか? ……えっ、今更!?』
人の話を聞かないっていうのは、多分こういう碌でなしのことを指す言葉なんだろうなー、と改めて思った。
――こいつに今のモヤモヤとかを全部ぶつけたい。物理攻撃厳守で。
「今更って何の話だよ。前も言っただろ、僕と渚はそういう関係じゃないって。それに――そういったことは、近くで見てきたお前が1番わかってるはずだろ?」
『まぁそうですけど。……なぁーんだ。春休みに受けた告白を無下にしたことを気にして、遂にお前が気持ちを解き放って、両想いになったのかと思ってたのに……』
「何だそのご都合主義満載のラノベ展開……」
『あぁぁ――くそぉ! やっと親友が告白の返事をしたのかと妄想してたのに。台無しになっちまった……!』
「その妄想の中に僕が入ってることがすっっごく不愉快なんだけど?」
『一之瀬のことは放置かお前……』
立っていることに疲れた僕は、そのまま身体の全体重をソファーへと預ける。
そう、こいつは知っている。僕が春休み――渚に告白をされたことを。
僕の様子を見兼ねた妹の優衣が、透に連絡を入れたらしい。
勝手に部屋に上がり込んできたことにさえ気づかないほど憂鬱な気分となっていた僕に、透は呆れ気味になってたんだっけ。
あの頃、少しだけ荒れていた。
生活に支障は与えていなかったけれど、渚への返し方を気にしていた僕。
渚からの告白を不愉快に思ったことは一度もない。寧ろその逆――嬉しくて堪らなかった。僕みたいな、あいつにとって迷惑でしかない“根暗ぼっち”の僕のことを好いてくれていたことが……とても嬉しかった。
でも、付き合うかどうかと選択肢を突きつけられて……僕は、誤った返し方をしてしまった。
――保留にしたかったのだ、本当は。
ただ、その伝え方を誤ってしまった。
幼馴染としての付き合い方からいきなり変えるのは無理がある。常識を変えろと言われているようなものだったからだ。――だから、変わるためのチャンスが欲しかった。
もし、変わることがあったら……そのときは。と。
あのときの僕の気持ちや、本当は思ってもいないことを言ってしまったこと――それを全て聞いてくれたのが、透だった。
普段はあんなにウザいのに、いざってときは……本当に頼りになる奴だ。
「……話がそれだけなら、もう切るぞ?」
『ま、そうだな。結局収穫は無かったわけだし……じゃあ、最後に1つだけいいか?』
「……手短に頼む」
『今朝貰った手紙、あれどうするつもりなんだ?』
「………………」
次いで感覚で訊いてくるような内容じゃないだろ、これ。……まさか、わざわざそれを言うために電話してきたのか、こいつ?
「……どうって。何をだよ」
『それをオレに言わせるとか、晴らしいが絶対忌み嫌われるぞ? ……それ、中学のときと同じパターンのやつだったら、どうするつもりなんだ?』
「……断る」
『言うと思ったよ。ま、十中八九――その流れだろうけどな』
「……受け取ったからにはちゃんと返事はする。でも、その現場をあいつに見られるのだけは勘弁だ。また余計な頭使わなくちゃいけなくなる」
『(面倒だなぁ……この幼馴染ども)』
僕は鞄から奥底に押し込んでいた少し崩れてしまった手紙を取り出す。
過去にも何度かあった体験だが、まさか……高校に入ってまであいつのような物好きが現れるとは思わなかった。――この手紙を、見つけるまでは。
今朝のこと、これが僕の下駄箱に入っていた。何という時代遅れに捉われない古典的な方法だろうかと、賞賛の拍手を送りたくなった。
その正体はおそらく――ラブレターで間違いはない。
だが、その差出人は渚じゃない。あいつは、こんなまどろっこしいやり方はしない、いつでも猪みたいな直球型だしな。
……逆にやろうとしたら、混乱しそうだよな。
『へぇ。ちゃーんと相手のこと気遣ってんのな。やっぱ、一之瀬が本命か?』
「バカ野郎か。…………そんなの、お前に言う必要なんて無いだろ」
『確かに、義務じゃあない。結末とかは聞きたいが、前提を含んだ惚気話に発展するのだけはごめんだな』
「お前カノジョいるんじゃないのか……?」
確か、佐倉さんって言ったか。
渚があそこまで人前で素を
あいつが素を隠す必要がないほどに、佐倉さんは渚を引っ張ってくれているのだろう。
でなければ、あんな短時間であいつが他人を信用するなんてありえないし。
『あいつは幼馴染兼って感じだし。それに、惚気話をするような奴でもないからな。……美穂も美穂で、結構重い奴だし』
受話器の向こう側で、ふふっと笑う透の声が聞こえた。
何だ? 何か面白いことでもあったのか? よくはわからないが、今こいつがさりげなく惚気ていたのは何となくわかった。
『ま、困ったらいつでも相談に乗ってやるよ。お前らの恋のキューピット――ってのも、悪くなさそうだしな!』
「キモいから勘弁だな」
『あっははは! 違ぇねぇや!』
「……じゃ、また明日」
そう言って、僕は通話を切った。
スマホをポンっと軽く放り、僕は背もたれに全身を預け、右腕で目元を覆った。
リビングの電光から微かに腕の中に光が射し込むが、目の前は真っ暗。この、何もない
……どうするべきか。
手紙のことを
「……尽きないな。……どうしたらいい」
強がり……そう言えば、あいつは何かヒントをくれたんだろうか。
あいつへの気持ちに気づいてから、僕の様子はどう考えてもおかしい。今までの、何ともなかった『幼馴染』では満足が出来ない。――そう言っていた渚の気持ちが、少しはわかったような気がした。
でも、僕も初めてなんだ。
こんなに……おかしい気持ちになるのは、初めてなんだ。
──どうすればいいのか、どうやって伝えるのかも……何も、僕は知らない。
ラブコメ作品の主人公達が葛藤する悩みとは、こんなに深いものだったんだろうか。
想像しかしてこなかったけど……予想以上に、深いんだな。
「…………好きだ」
僕は誰もいないリビングで、まるで叶わない夢を追っているように呟いた。
同時にそれは、虚空へと姿を消した。
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