第40話「幼馴染の運命のトラップは、いつもいつも心臓に悪い」
あれから何時間かが経過し、その間――私は佐倉さんと多種に渡る様々な話をした。
幼馴染のこと。
好きな小説のこと、など。
今まで晴斗の前でしか語ったことがないことを、こうして友達に話すというのは、初めてのことで……スゴく会話が弾んでいた。
その中で楽しかったのは、先程読んでいた小説の話をしていたとき。
趣味の話をするという、たったそれだけのことだったけど……かなり恥ずかしかった。でも佐倉さんは、私の話に必ず反応を返してくれた。
時には笑い、時には困った顔を見せて――これが、友達同士の会話なのかなと。少しばかり考えはしたけど、そんなことよりも、会話が楽しくて仕方がなかった。
『若い男女達による、ハチャメチャラブ・コメディストーリー』と説明したときなんか、佐倉さんは
まぁ、そんな反応が返ってくるだろうなぁと予想はしていたけれど……昔のように、心は痛まなかった。
それはきっと、彼女が大切な友達になったからだと思う。
気軽に話せる、初めての友達だから――。彼女が、初めて私の気持ちを受け入れてくれたからかもしれない。
「……あっ。もうこんな時間かぁ。そろそろ男子達の測定終わる頃だし、さすがに店出よっか」
「そうだね。あ、そういえば、ケーキ代――」
「もう! 本当に律儀なんだからー! 言ったでしょ? ここに連れてきたお詫びに今日は私が奢るからねって!」
「……そ、そうだけど」
大人しく佐倉さんの言う通りにするのが正しい判断なんだろうけど、奢られる立場になって初めて気づくものもある。――良心が痛い……。
見返りを求められる……なんて、ああいうありふれた設定とかは無いのはわかってる。……わかってはいるんだけど。
如何せん、数時間前まで『友達』と呼べる友達がいなかった私は、友達同士の付き合い方などに疎い。正直今も、本当にいいのかと葛藤している。
「……困ったなぁ。いきなりじゃなくていいって言ったのは私からだし。よし! それじゃあ――自分の紅茶代だけ払う! それでいい? それ以上は譲れない!」
「わ、わかった……!」
付き合い方がわからない私は結局、佐倉さんの押し切りを破ることは出来ず、私は自分が飲んだ紅茶代だけを佐倉さんに支払ってカフェを後にした。
最寄り駅から学校付近に戻るため、歩いてきた道を歩き直す。
「あれ? 渚ちゃん、学校に用事?」
「う、うん。ちょっと寄っていこうと思って」
「あぁ~。さっき話してくれた『幼馴染』のことを迎えに行くってところかな~?」
「……そのニヤついた目、やめて」
学校からお店との距離が近いこともあって、戻る直後にもウチの学校の生徒を何人も見かけた。……変な目線も感じたけど。
とはいえ、一々構うほど私も暇じゃない。
私の今の脳内には、佐倉さんと話したときの楽しさも残っているけれど、晴斗と一緒に帰りたい! という願望が8割以上を占めていた。
学校へ戻ると、校舎に人の気配はほぼ残っていない。
しかしどんな偶然か――昇降口のすぐ近くに立ち尽くす晴斗を見つけた。
「……渚?」
私に気づいたのか、少し驚いた顔で私の名前を呼ぶ。……うぅ。まだ慣れないなぁ。
「は、晴斗! 今帰り?」
「見てわからないか?」
「はいはいごめんなさい」
いつも通りのあしらいっぷり。本当、この幼馴染には『羞恥心』というのが欠落しているのではないか、と心配になる。
それとも――私が過剰反応しているだけだろうか。
そんなやり取りの中、晴斗の視線は私の後ろに立つ佐倉さんに向けられる。
「……誰?」
第一声がそれか。……さすがだよ、クラスメイトを把握してないとか。いやまぁ……私が言えるような台詞ではないけども。
「初めまして! 渚ちゃんの友達で『佐倉美穂』と言います! よろしくね、凪宮君!」
「……何で僕の名前知って――」
そう言いかけた瞬間、晴斗は瞬時に私の方へと圧力のある視線を向けてきた。
いやいやいや!
確かに晴斗の話はしたけど、名前なんて言ってないから! 何を疑ってるのよこの幼馴染は!
……あれ? でもそうだ。どうして佐倉さん、こんなにも私達のことを知ってるんだろう。
――と、疑念を抱いたとき……、
「――おーい、晴。お待たせ――」
「――あっ」「――おっ」
昇降口から姿を見せたのは、待ち合わせをしていたであろう藤崎透君だった。
でも、それに驚きはしない。
問題なのは、私の後ろにいた佐倉さんが藤崎君と同じような反応をしてみせたこと。
「……お前ら、知り合いなのか?」
私の疑問を形作ったように、晴斗がまったく同じ質問を口答した。
「いや、知り合いっつーか……」
そして藤崎君と佐倉さんはお互いにお互いを指さし――、
「――カノジョ」「――彼氏」
そう言った。
………………はっ?
か、か、か、か……かかかか、かの、かの……カノジョ―――――――――っっ!!!???
何の前振りも無くカミングアウトされたその言葉に、私は驚愕し、硬直した。
「……何? お前らって、そういう関係だったの?」
そしてそんな私とは正反対に全く表情を変えない晴斗である。さすがすぎて逆にその才能が羨ましいよっ!!
私の表情を察してか、晴斗の言葉に答えてか、藤崎君が説明し始めた。
「まぁ、オレ達いわゆる『幼馴染』って奴でな。互いに嫌いじゃないし、付き合いも長いから付き合ってるって感じだな」
「そうそう。……まぁ、あんな展開には驚いたけどね」
「な、何だよ。春休みに返事しただろ……?」
「言動で説明つけろって話」
「無茶言うなよ……」
佐倉さんは顔を真っ赤にしながら私の背後に隠れる。
……本当に付き合ってるんだ。本物の恋人同士なんだ! 先程までのアグレッシブな言動の数々とは比べ物にならない、感情の変化に思えた。
「……あっ。そういやこの間から疑問だったんだが――お前らって、いつから名前呼びになったんだ?」
「~~~~~~~~っ!?」
「おい……」
諸行無常。
……って、そんなことよりも、私の感情の熱量はヒートアップし続けていた。
これはまるで、神様が仕組んだ運命のトラップのように思えて仕方ない。
――神様のバカァァァーー!!
口に出して叫びたい気持ちと共に、私はこの後動揺しまくる時間を送った。
運命の悪戯って……本当に何を考えてるのか、わかんない――っ!
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