第38話「私は、初めての友達とカフェに行く①」

 放課後――私は佐倉さんに連れられて、学校から徒歩10分ほどにあるカフェにやって来た。カフェってあまり来たことなかったけど、このお店はよく通る。何しろ場所は、だから。


 お店の中はレトロな雰囲気を醸し出している。

 心を落ち着かせるようなクラシックな音楽が流れ、お店の雰囲気とマッチしていると思う。普段は1人でこういうところに入ることなんて無いから、ちょっと新鮮かも。


 多少お客さんの姿は確認出来るけど、混んでるってわけじゃなさそう。

 きっとこれぐらいの騒がないくらいが、このお店には合ってる。


「店長さーん! こんちわー!」


 そんな私の思考と佐倉さんの言動はマッチしなかったらしく、店内に響かない程度の声量でお店の奥に声をかけた。


 ……あれ。今“店長”って言った?

 この子……まさかお店の店長さんと知り合いなの!? そ、それって、陽キャの中じゃ当たり前の世界なのかな!?


 驚きのあまり声が出ない私に気づき、佐倉さんはくすっと苦笑する。


「何そんなに身構えてんの? 大丈夫だよ。ただ、昔からここにいることが多かったから、いつの間にか知り合いになってたってだけ」


「そ、そうなの……?」


「ふふっ。渚ちゃんって、その辺本当にひ弱なんだね!」


「よ、余計なお世話よ……っ!」


 えぇ、えぇそうよ!

 私はこういった場所にさえ寄り道したことがない“ぼっち”ですよーだ!


「もう、そんなに拗ねないでってば! 本当可愛いなぁ~」


「……そ、それを言うんだったら、佐倉さんはどうなの。友達とか誘ってこういうとこ来たことあるの?」


「寄り道のこと? うぅーん。あるっちゃあるけど……。あいつとは、そんなんじゃないし……──」


「え、何か言った?」


「――あっ! う、うんうん! 何でもない!」


 今明らかに何か隠された気がするけど。私の思い込みかな?


 ……イラついて反撃してしまった半面、本当は佐倉さんのことを少しでも知りたいと思っていただけだったりする。


 まだ知り合って半日も経っていない。

 けれど仮にもクラスメイトで、友達なんだから……友達のことを知りたいと思うのは、いけないことだったのだろうか。


 自意識過剰だったかもしれない。

 私だけがそう思ってて……ってパターン。考えてみれば、私は佐倉さんに『友達』じゃなくて『パートナー』って言われただけ。


 ――って! また余計なこと考えてる!


 たとえ今はそうだったとしても、佐倉さんと出来た時間は夢じゃない。

 いつだって――『友達』に、なれるはずなんだ!


「ねぇ、佐倉さん」


「ん? ど、どうかした?」


 微かにまだ動揺を隠しきれていない。

 こう見えて人を見る目はあると思ってる。じゃなきゃ、晴斗のわかりにくい良さになんか、気づけるわけがない。


「さっき……私のこと、パートナーって言ったじゃない?」


「えっ? あ、うん。そうだね」


「ちょっと、そのことで佐倉さんに確認したいことが――」


「――ちょっと待った!」


 またもやストップをかけられる私。

 止まる権限は無かったにせよ、カウンターの奥から突き刺さる視線がようやく私の身体に刺激を与えた。……ゔっ。つい、やってしまった……。

 自分の感情が暴走すると、どうしても自分じゃ止められない。



 あの春休み――本当は晴斗へ気持ちを伝えたことを、若干後悔していた。あの夜、泣いて、泣いて……泣きまくった。枕カバーが濡れて、つい夕飯を食べることも忘れるほど。



 でも、矛先ほこさきは決して他人には向けない。

 迷惑にならないよう、常々注意を払ってきたつもりだった。……のに。


「ご、ごめ……――」


「――その話なんだけど、後で話すからさ。今はケーキ決めちゃおっ! 店長にも悪いし、渚ちゃんを無理矢理連れてきたお詫びも兼ねて私が奢るから!」


「えっ。そ、そんなことしなくても」


「遠慮しないの! なんだから、こういうときは素直に甘えなさい!」


「……友、達?」


「うん! それにしても、あれだけの注目の的でも表情1つ崩すことがない最上位カースト様が、こんなにも表情豊かだったとはね~。おまけに謙虚だし。いや、信念を曲げることが嫌い……って感じかな?」


「~~~~~~っ!!」


 ……墓穴掘った? もしかして、勘違い?


 ヤバい…………。恥ずかしさのあまりに顔が熱い――っ!! そ、それに、変に身構えたお陰で溜め込んでた力が一気に抜けていく。


 そんな私を見て佐倉さんは「何やってんの~!」と笑いながら言った。


 ……良かった。ただの私の勘違いで。

 今まで友達を作ったことがないから。みんな……私の容姿ばかりに惹かれて、全然私を見てくれないから――だから、諦めてたのに。


「そんなに照れることないのに~! いいことだと思うよ! 個性って様々だからね!」


 こんなことを言ってくれるのは……今まで、晴斗だけだったから。

 特別な人は、もういないと思ってたのに――まだ、こんなに近くに居たんだ。

 私を……素顔の『一之瀬渚わたし』を見てくれる人が。


「……照れてないもん」


「何それ! もんって、可愛すぎかっ!」


「……こんなこと、佐倉さんだから言うだけだし。他には……1人いるけど」


「……っ、そっか。そっかぁ~。そんなに私のこと信用してくれてるんだね」


 ぎゅっと、背中から抱き付かれる。

 晴斗のときみたいに真正面からじゃないし、ドキドキもしないけれど――とても温かい、彼女の体温。それを、直に感じる。


「――ありがとね。渚ちゃん」


「……わかったから、ケーキ食べよ?」


「うん!」

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