第四部

第27話「幼馴染は、一緒に登校しない」

 僕――凪宮晴斗には、いわゆる幼馴染というのが存在する。


 気立てがよく、面倒見もいい。クラスの男女に限らず、他校までにもその名は届いているとも言われる。それが僕の幼馴染だ。

 はっきりと言おう。――そんなラブコメにありそうな設定、現代に通用すると思うか?


 本当にあると思ったら大間違いだということだ。

 確かにそれらは幼馴染の一面ではある。が、あくまでも一面だ。

 実際は、他人と話すことに関してはあまり特別な意味を持たず、ただクラスの中心人物にいるために一役買う女優。そんなところだ。


 何故そんなことをしているか。……まぁそれは、後々話すとしよう。


 彼女は常に笑っていた。

 誰に対しても、分け隔てなく平等に。どんなに下心のある奴に迫られようとも、そんなのは向かって来た側に被害が出るだけ。持ち前のスキルで、いとも簡単にねじ伏せてしまう。陽キャって本当に恐ろしい……。


 僕のようなクラス最下層カーストに滞在するような陰キャとはまるで正反対――例えるのであれば『光』と『影』。僕の評価なんて、精々、人気者の幼馴染を支える頭脳――そんなところだ。


 クラストップカーストの幼馴染――たったそれだけの存在だと言うのに、彼女に近づこうと僕を利用しようとしてきた不敬な輩がどれだけいたことか。


 当然のことだが、僕は全て無視した。

 彼女が誰と付き合おうとも、僕とあいつの関係が変わることはありえない。それに、そんなのは個人の自由だ。それに、僕以上に本当の彼女を知る人間はいない。15年間の付き合いを容易く超えてくる奴がいるとも、到底思えなかったし。


 彼女は誰かに好意を向けようとはしない。

 ……ただし、僕に好意を向けていたのは、完全な予想外だったが。



 ✻



 高校に入学する前のこと。

 僕は幼馴染であり、今では“学園一の美少女”と呼ばれる――一之瀬渚に「私、ハル君のことが好きなの!」と、突然のカミングアウトをされた。


 唐突すぎた出来事に、ある程度の状況には対応出来る僕でも脳が正常に働かなかった。そのせい……にするわけでもないが、僕はその告白を断った。


 我ながら正常さが欠けていたと後悔している。

 そして、この事態をきっかけに、あいつは春休み中――隣の家のはずの僕の家には


 今でも疑問に思う。どうしてあいつは、中学時代放課後以外に関わりがなかったはずの僕なんかを好きになったのか。本人に確認すればよかったのだろうか。僕にはその理由がわからなかったけど――あいつがいない時間は、いつも以上に暇だった。


 それから時は経ち、高校の入学式当日――隣の家ということもあり、必然的に顔を合わせることになり、いつも通りに新しい通学路を一緒に歩くことになった。


 ――おはよう、ハル君!

 ――……ん、おはよ


 そのときのこいつは、やけにいつも通りだった。

 まるで、あのときの告白の出来事が無かったことになっているように。


 ――……なぁ

 ――ん、どうしたの?

 ――……いや。は、春休み、どうしてたのかなって。1回も来てないから

 ――……普通、だったよ。連絡しなくて、ごめんね

 ――……別に


 やはり杞憂きゆうだったのだろうか。

 別にこいつが幼馴染だからといって、毎日のように入り浸れたらそれこそ迷惑極まりないに違いない。それに、こいつにもこいつの事情とかがあるかもしれないし。


 ……だが、何だこの会話。

 会話はちょくちょく展開されるものの、過度なスキンシップが混じるような会話は1度もない。……それに、僕達の間にある妙な居心地の悪さ。どうしてだろうか、スゴく複雑な気分になる。


 一之瀬は真新しい進学校の制服を身に纏い、クルクルと手先で髪を巻いている。

 こういう女子っぽいところが平均以上に高いのは今更だ。見慣れてるし、一々意識してたら今頃幼馴染なんてやってない。とっくの昔に破綻してる。


 ……なのに、そんな仕草をする彼女のことを、一瞬でも『可愛い』と思ってしまった自分、今すぐその記憶ごとデリートするからそのまま地獄に落ちろ。


 けど、こうも意識するのは完全にこいつのせいだ。

 あんな告白をしてくれたお陰で、普段なら気にしない場の空気を『何とかしないと』と思ってしまう。何で僕が過去15年間も幼馴染をしてきた彼女を、今更意識しなくちゃいけないんだよ……。


 ――あ、もうすぐ学校……


 一之瀬は小言のように呟いた。彼女の言葉を確認するように、僕も自然と前を向いた。


 気がつけば、学校の校舎は目と鼻の先。

 そして前方には、校門を真新しい制服で身を包んだ生徒とその親御さん達も潜っていく。僕の両親は海外に出張中だし、一之瀬の両親は共に仕事らしい。


 せっかくの入学式なのだから、来て欲しかった……なんて名残惜しさは微塵もない。

 それが両親の仕事なのだから是非とも頑張ってきてほしいものだ。


 ――……ここまで、だよね


 と、そんな僕とは裏腹に、隣では名残惜しそうな顔をした一之瀬が下を俯いていた。

 そう――これは、中学時代から決めていたことだ。


 中学時代は“絶世の美少女”と呼ばれていた幼馴染と仲良く……ではないが、一緒に登校してきたと知られれば一貫の終わりだ。


 ――……悪い、これ以上は

 ――ううん、大丈夫だよ。気にしないで

 ――……わかった


 このときの一之瀬の表情を僕はまるで――フィルムにでも収めたかのように鮮明に記憶している。あの……自分の気持ちを押し殺しているかのような、息苦しさを感じさせる顔。


 あいつはいつもそうだ。

 他人の意見には賛同することが多いくせに、常に相手の顔色を伺っている。

 本当に『嫌だ』と相手が感じるようなことは絶対にしない。――


 そうさせている原因は僕だ。

 けど……あのときのことなんて、既に何年経っていることか。


 どうしてそんな顔するんだよ――。

 どうして僕なんかにそんな気を使ってるんだよ――。


 名残惜しいのかそうじゃないのか……なんて、そんなのは既にわかりきっている。両方だ。


 もしも、もしもの話だ。

 あの日、僕は一之瀬と一緒に学校の門を潜っていればどうなっていただろうか。


 中学時代の知り合いは数える程度しかいないため、一之瀬との関係性を疑われることはあるかもしれない。それとも、影ながら噂されるだろうか。



 正直それもあるだろうが、僕にとって一番怖いのは――一之瀬との『幼馴染』という関係性まで否定されることだ。



 昔に……そんなことを言われた。

 不釣り合いだと、合っていないだのと。その数は計り知れない。

 こんなことを入学してから暫く経つ今になって思うなんて、やはり杞憂だろうか。


 僕にとって――一之瀬渚という幼馴染は、誰にも否定されたくない、僕が唯一、一緒に居ても飽きないと感じた幼馴染だから。


 僕は一之瀬の姿を後ろ目で覗く。

 彼女は存在感がスゴい。何もしていない、ただその場にいるだけでまだ出会って数秒の男子や女子に注目されている。

 声もかけられ、笑顔も振り撒いていたが……その顔に本心からの笑みは無かった。


 ――……バカ


 彼女の姿が徐々に遠くなった頃、僕は後ろに誰もいないのをわかってそう呟く。そしてこれは未来永劫墓場にまで持って行きたい――

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