第3話「幼馴染は、男子の制服を着る」

 昼休み。それは、午後の授業に向けての準備時間であるのと同時に、生徒や教師にとってのかけがえのない休息の時間。

 僕は現在、入部して間もない文芸部の部室にて、例の呼び出し人——一之瀬渚を待っていた。


「……遅いな」


 そうぼやかざるを得なかった。

 現に呼び出しを喰らって既に20分以上が経過していたのだから。


 なんて意地悪な女だろうか。自分から呼び出しておいて遅れるとは大層な遅延ちえん出勤だこと。


 しかしその間も僕は、時間を有効に使う。

 無駄なことに労力を消費するほど僕の燃費は効率よく回っていない。


 僕は彼女を待つ間、角川文庫のライトノベルを読んでいた。

 本とお弁当だけ持っていくのはあまりにも惨めすぎる。鞄まで持参しているのはそのためだ。ぼっち確定だと思われたくないからな。

 自分で自虐するのと相手にののしられるのとでは、また状況が違ってくる。


 ラノベはいい。

 気分転換という意味で読み始めたが、次第とそれだけの理由では枠に収められない“違う何か”が産まれてしまっていた、


 僕には珍しい、好奇心というやつなのかもしれない。

 一通り読み終え、再度時計へと視線を向けようとした瞬間、僕よりも小柄で茶髪にアイスブルーの瞳が良く似合う生徒が、扉を少々乱暴に開けて入ってきた。


「待たせちゃってごめん……。みんなの質問に答えてて、それで……」


「……別に。暇潰しも持ってきてたし」


 暇潰し道具を見せびらかすようにした後、僕は再び読書を続ける。


 程なくしてやって来た幼馴染——一之瀬渚は、僕の許可を待たずして部室に入り、僕の隣に三脚の椅子を置いた。

 お昼を食べるのだろう。

 持ってきた包みの中身が何か僕にはすぐにわかった。


 ……だが、一之瀬はその包みを開けるどころか、僕を“じーっと”睨みつけてきた。その近すぎる視線につい身体はビクッと反応する。

 本当、コミュ力皆無な人に対してその視線は反則だと思う。


「……何だよ、ジロジロと見て」


「……いいえ」


 一之瀬の声量がいつもより低めに感じられる。

 ……何だ? いつもより機嫌が斜めだな。


「どうしたんだよ。言いたいことがあるなら、言ってもいいぞ」


「……何でもない」


「何でもないでその視線の圧はおかしいだろ。お前らしくないぞ?」


「……逆に、ハル君から見て『いつもの私』ってどういう風に見えてるのよ」


「鬱陶しい奴」


「本人がいる前でよくそんなこと言えるわね!?」


「躊躇いがないって言って欲しいな。それに何を隠そう、僕が知っている一之瀬渚は』だから隠しようがないだろ」


「〜〜〜〜〜っ!! ……そ、そういうとこ、本当に容赦ないわね」


 何故か視線を逸らしてしまった一之瀬。僕からの視点だと、加えて頬が真っ赤に染まっているのが伺えた。何で頬を染める。僕、今何か変なことでも言っただろうか?


「それより、お昼いいのか? もう1時過ぎてるが」


「……あっ! いっけなーい!」


 この様子をみるに忘れてたな。持ってきた荷物を確認しろ今すぐに。


 一之瀬は慌てた様子を見せつつも言動は冷静だった。お弁当の包みを開けると、そこから顔を覗かせたのは何度も見てきた、一之瀬の手作り弁当の姿だった。


 サラダに揚げ物、それからふりかけの乗ったご飯。

 バランスよく構成されたお弁当から漂うこうばしい香り。僕は立ち上がって窓を軽く開ける。


「ちょ、さ、寒い……。な、何で開けるの?」


「匂いが残る。それに寒いなら、もう少し着込んで来いよ」


「きょ、教室……なんだもの。仕方ないじゃない」


「……はぁぁあ。わかったよ。それじゃ、僕の上着でも着るか?」


 現在の一之瀬の格好は、ジャケットは着ておらずブラウスとカーディガンを着ているだけ。春の陽気が出てきているとはいえ、まだ寒さは残っている。

 こんなところで風邪を引かれても困るので、僕は自分の着ていた上着を一之瀬に差し出す。


 瞬間、一之瀬はその場に固まった。

 まるで——てついたかのように動かない。

 表情すら固まってるとか、一体今どんな精神状態なわけ……? スゴく謎が残る。


 ——たかが上着1枚。

 それにどんな価値を見出しているのか知らないが、さっさと着てくれないだろうか。


「……ほら、さっさと着ろ。僕はカーディガンじゃなくてセーターだからまだ平気だし」


「…………あ、ありがとう」


「……おう」


 僕から視線を外したまま上着を受け取った一之瀬。一旦箸を置いて、僕の上着を大人しく羽織った。


 ……ふむ。さすが“学園一の美少女”と言われているだけのことはある。やはり完璧美少女は何を着ても似合うものだ。男子の上着は女子と若干デザインが異なるが、ほぼ誤差はないはずだ。


 ……それだというのに、一之瀬はまるで普段から着ているかのように、男子用の制服を完璧に着こなしてみせた。男装してもバレなさそう。


 今の一之瀬はまるで——『イケてる男子高校生』って感じだ。


「な、何ジロジロ見てるの……?」


「いや。何というか……似合うなぁーと思って」


「なっ——!! ……そ、そんなに……似合う?」


「うん。まぁ、そこら辺にいる男子高校生よりも似合ってるだろうな、確実に」


 すると、一之瀬は再び顔を背けた。

 ……あれ? 本音だけを言ったつもりが、また無意識のうちに何かしでかしたのか?


「………………………バカ」


 ぼそっと、一之瀬は呟く。

 しかし生憎と、僕には彼女が何を言ったのか聞こえなかった。

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