バーチャル美少女受肉おじさんの夏休み

阿礼 泣素

第1話 バ美肉おじさん:銀狐ファム

「目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに……」


 そう言って俺、銀狐ぎんこファムは黙々と、ボタンを押して目の前の敵を殲滅する。それを見ている視聴者たちが、シンジちゃんモードキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!なんて言うコメントを打刻している。


――俺はVtuberヴァーチャルユーチューバーで生計を立てている。しかもバ美肉バーチャル美少女受肉おじさんである。バ美肉ってのは、中身はおじさんの美少女Vtuberと言うことだ。一昔前の言葉で言うとネカマ、自分を美少女だと思っている精神異常者だと思ってもらってもいい。


 主な活動内容はゲーム実況動画を上げること。視聴者たちがどんどん賽銭感覚でお金を投げてくれるのでまさに、この俺、銀狐ファムは神社の狐になった気分だ。


 外はうだるような暑さだが、こうして冷房の効いた部屋で延々とゲームをしているだけで生活することができるなんて、まったく楽な世の中になったものだ。好きなことで生きていく世界、万歳。


「ファムちゃん、今日もお疲れ~」


 配信を終えると、たくさんの労いのメッセージが画面に表示される。俺はそれを見てある種の快感を覚える。


「どいつもこいつも、ご苦労なこったな」


 声をボイスチェンジャーで変えて実況していることもあって、視聴者は本当に俺が女性プレイヤーだと思っている奴が多い。


 ネットの海には視聴者の名人様が多く、少しでも下手なプレイやミスがあるとすぐさま指摘してくる輩が後を絶たない。自分ではなにもやれないくせに、声だけ大きい馬鹿野郎だ。でも、こうして女性プレイヤーを装っていると、どうしたことかコメントから罵倒や非難がすっかり消える。


 快適なゲーム三昧生活、最高。俺は狭い部屋の中で深呼吸して、机の隅の清涼飲料水を一気に飲み干した。配信に心酔していたので、水分補給することもすっかり意識の外だった。毒々しい色の砂糖水が体を満たし、体の隅々が潤っていく感じが妙に心地良かった。


 2020年夏、詳しく言えば、8月9日、東京オリンピックが終了する(ハズだった)日、俺たちの所属する事務所で仲間大会が開催されることとなった。俺と同じゲーム実況をメインにしているVの者Vtuberも多く、俺は腕が鳴るなと言う思いで一杯だった。


 Vtuber界隈には、以前からゲーム実況をしていた人間も存在している。その中でも有名なのが、俺と同じ事務所「レインボーライブ」所属の凍波羅いてはらシグである。生前Vtuberになる前には、有名な大会で何度も優勝を果たしている、TSと言うプレイヤーだと言われている。と言うか、プレイを見ていると絶対に彼だと言う確信が持てる。


 彼がどうしてこのVtuberの世界にやってきたのかは甚だ謎だが、ここで手合わせできるのはまさに血沸き肉躍る展開だと言える。


 この世界で生き残るには、様々なゲームで類まれなるセンスがあること、もしくは、ゲーム中に見せるトークに勢いがあることの二点だと個人的には思っている。つまらないプレイをただ続けるだけだと、視聴者はついてこない。生半可な覚悟でやっている人間が何人もこの世界を去っていくのを見ていた俺が感じていることだ。


 俺のチャンネル登録者は50万人、この大会でさらに知名度を上げることができれば、さらに俺は有名になれる。有名になることが目的ではないけれど、知名度が上がれば当然再生数も増える。再生数が増えれば収入も増える。収入が増えれば、生活が豊かになる。幸せスパイラルだ。


 もちろん、有名になればアンチが粘着してきたり、炎上しやすくなったりするマイナスのこともあるけれど、有名になって気持ちよくならないわけがない。


 俺はただ、凍波羅もといTSをぶちのめしたいだけなのかもしれない。あの有名プレイヤーに勝つことができれば、俺はまた一歩進める、そんな気がした。にしても、向上心を持つなんて俺らしくないなんて思いつつも、胸が高鳴っている自分がいる。打倒、凍波羅いてはら、俺は絶対に勝ってみせる!


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