対テロ作戦、その建前

タラントゥリバヤはともかく、間倉井まくらい医師は、自身の人生をまっとうし、<大往生>と言ってもいい最後を迎えただろう。それでも、わずかの時間、一緒に過ごしただけの間倉井まくらい医師の存在は千堂アリシアの中に大きく残った。その彼女にもう会えないという事実が、アリシアにはたまらなくつらかった。


だからこそ、紫音しおんと良純にはその時間を大切にしてほしいと、アリシアも思う。そのためならロボットを積極的に利用していけばいいとも思う。それもまた、<ロボットの重要な役目>なのだ。


一方で、今回のクラッキング事件の容疑者が<ジョン・牧紫栗まきしぐり>であるらしいという事実も、アリシアにとってはとても悲しかった。彼がエリナ・バーンズにしたことを思うと『赦せない』という気にもなるものの、同時に、


『どうしてこんなことをするのですか……?』


と思ってしまう。


何しろ今回のことは間違いなく<テロ>として対処されるのがアリシアには分かってしまうのだ。そして<テロリスト認定>を受けてしまうと、


『テロリストといえど人権があり、故意に殺害してはいけない』


という建前はありつつも実際には、


『確保の際に死んでも仕方ない』


的な感覚は間違いなくあり、『事故を装って殺害したのではないか?』と疑われる事例も決して少なくなかった。ましてや、アリシアは知らないが、クグリに対してはそれこそ『隠密裏に殺害する』という形の非合法な作戦すら実行されており、クグリと共にアジトに潜んでいたテロリストは殺害されたりもしているくらいである。


もっともそれは結局、一度も成功せず、逆に派遣された対テロ部隊に多大な損害をもたらしただけだったりもしたが。加えてこれは『相手がクグリだったから実行された』という側面もあり、普通はここまではやらない。


ジョン・牧紫栗に対しても、そこまでの対処は行われないであろうが、同時に、『確保の際に死んでも仕方ない』的な扱いを受けることは十分に予測できた。そしてもし確保の際に死亡しなくても、電脳化手術を受けた犯罪者に対して行われる処置は重大な結果をもたらす可能性もあり、合わせて決して幸せになどなれないであろうことは容易に想像できてしまう。どうしてわざわざそんな結末を招くようなことをするのか、ロボットであるアリシアまったく理解できない。


理解できないのだ。


そう。これが、


<心を持つ人間>


と、


<心(のようなもの)を持つロボット>


との決定的な違いである。人間は時に、自分が不幸になると分かり切っていることをやらずにいられないこともあるのだ。


<心>を持つがゆえに。


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