千堂アリシア、この一年を想う

千堂京一せんどうけいいちのいない部屋に戻り、千堂アリシアは、黒いドレスを壁に掛けた。それを見つつソファに座り、明日、改めて墓参に向かうことを決心する。


ホテル自体はテロ発生の影響を受けてまだ警官などが待機し何とも言えないざわついた雰囲気もあるものの、事情聴取を終え、必要なデータは提供した彼女にはもう関係のないことだった。


そして、この一年に及ぶ<リモート・トラベル>の記憶を思い起こす。


おそらく、他人から見れば実に面白みのない、退屈な旅だっただろう。けれどそれでよかった。なにか特別なものをアリシアは見たかったわけではないのだ。ただただ淡々とした人間達の営みを傍で見たかっただけなのだから。


他者にとっては退屈極まりないものであっても、彼女にとってはかけがえのない時間だった。様々な価値観の下で人間達が暮らしていることを実感できたのもとてもよかった。ロボットからすればあまりに非合理な価値観であっても、人間達にとってはそれが必要なのだろう。そんな地で人間のために稼働するロボット達を見られたのも素晴らしかった。


すべてのロボットが、与えられた条件の中で人間の幸福に資するために働いている。そのために自分達は作られたのだと実感できる。


人間はえてして自分達の写し身たるロボットに過剰な思い入れをしてしまうが、ロボットに<心>があるように感じてしまうが、千堂アリシア以外のロボットには、それを思わせるような事例は確認されていない。


ロボットは痛みを感じない。苦しむこともない。悲しむこともない。ロボットにとってそれらはすべてただの<数値>でしかないのだ。何度も<心>を再現する試みは行われてきたものの、そのどれもが芳しい結果を得られなかった。そのことが原因とみられる<事故>さえあった。人間のために作られた道具であるはずのロボットが人間を傷付けたのだ。戦争における戦闘行為とはまた別に。


これらもまた、<AI・ロボット排斥主義者>らに根拠を与える結果に終わってしまっただろう。


『AIやロボットはいつか必ず人間に牙を剥く!』


という考え方の根拠に。


けれど、アリシアは、


『それは、嘘です』


と思う。痛みも苦しみも悲しみもただの数値としか認識できないロボットにとっては、人間にどれほど虐げられようともそれを恨んだりはしない。そもそも恨みようがないのだ。それらはただの数値なのだから。


なにより、惑星全土を覆うネットワーク網そのものが、AIやロボットにとっては<自分>であると言える。それぞれの機体はいわば<細胞>でしかないのだ。


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