クラヒ、アリシアをいじる

元々アリシアの顔の中にあったリレースイッチは壊れていた。彼女は、<表情>を作れなくなっていたが、それはこのリレースイッチの故障が原因の一つだった。クラヒはなぜかそれを見抜いていて、フライングタートルに使われているリレースイッチが互換性のあるものであったことでそれを使ったのだ。


「前にも表情が動かせねえ奴をいじったことがあるんだよ。そん時にもこれが原因だったからな」


言いつつ、取り付けたリレースイッチを操作する。というのも、標準状態の設定では、一部に故障があると表情筋モジュール全体が動かなくなり、表情を作れなくなるのだ。部分的に表情を作ろうとすると不自然になり、『不気味』と受け取られることがあるからというのが理由だった。


しかし、顔の半分が壊れた今の彼女は、逆に、部分的に表情を作れればそれでよかった。無事な部分だけで。


すると、それまで全く無表情だったアリシアの顔に、困惑した表情が浮かび上がる。


「あ……あれ……?」


本来の仕様にないそれに、アリシアは戸惑う。


「せっかく綺麗な顔してんのに仏頂面は気持ち悪いんだよ。俺の前じゃ愛想よくしろ。媚を売れ。お前、ラブドールだろ?」


「……私は……」


<ラブドール>。メイトギアの蔑称でもあったその単語に悲しそうな表情を見せつつも、


「分かりました……」


アリシアは、要望通りに笑みを作ってみせた。するとクラヒは、


「やっぱ、その方が可愛いじゃねえか。もったいねえ」


と言ってのけた。


「可愛い……私が……?」


改めて戸惑う彼女に、クラヒは重ねて言う。


「顔が半分潰れてたからって何だってんだ? 可愛いもんは可愛いんだからよ。辛気臭い表情かおしてんじゃねえ」


改めてアルミテープを貼り付けながらそう言うクラヒを、アリシアは残った左目を大きく見開いて見詰めた。それは、本当に少女のような様子だった。そして、


「分かりました……ありがとう…ございます……」


今度は嬉し泣きをしているような表情になり、感謝の言葉を口にする。実際、この時、アリシアは救われたような気分を味わっていた。ロボットであり、本来は<心>を持たないメイトギアは『気分を味わう』などということがないにも拘わらずだ。


だが、確かにアリシアは今、『気分を味わって』いた。救われていたのである。




こうしてアリシアは、クラヒの下でレイバーギア代わりに働くことになった。彼の店の事務所が倒壊する原因を作ったことに対する賠償として。


けれどアリシアは、決してそれが嫌じゃなかったのだった。


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