アルビオンの人間達が思う、伝統的な躾
そうしてコックとキッチンメイドが夕食の支度をしていると、
「おかえりなさいませ、お嬢様」
という声が聞こえてきた。どうやら娘の一人が帰ってきたらしい。
「あーもう! サイアク! なんなのあの教師は! なんでクビになんないのよ!?」
家に帰るなり挨拶をするでもなくそんな愚痴をこぼしていた。さらには、
「なにこの服!? 今はこんな気分じゃないの!! もういい! 私が選ぶ!」
声を荒げながら自身に仕えているレディースメイドに服を叩きつけ、ウォークインクローゼットに入っていく。
そうして派手なショッキングピンクのタイトな丈の短いワンピースに着替えて出てきた。
娘はまだパブリックスクールに通う未成年だが、性格はかなり挑発的なようだ。
もっとも、人間のメイド相手にこのような態度を取っていると<bullying>(日本で言うところのパワハラ)であるとして訴えられることもある。
グレートブリテン王国をルーツとして伝統を重んじるアルビオンの人間達はこれを、
『メイドに対する伝統的な<躾>である』
と主張するが、現在の火星の司法はその主張を認めず、録音などの証拠があればたいていは不法行為として認定され、雇い主側の責任とされる。
それもあって、メイトギアを使うことがほとんどとなったという背景もある。ロボットが相手であれば当然のこととしてこのような態度も不法行為にならないからだ。
アルビオンでは今なお、主人は使用人を厳しく躾け、使用人はあくなき<奉仕の心>で仕えなければならないとされている。
とは言え、残念ながらそのような考え方は時代錯誤も甚だしいと言えるだろう。<伝統>と言えば何でも許されるわけではないのだ。
しかし、<パラダイムシフト>を達成できない人間というのもどうしてもおり、そもそもアルビオンという都市そのものが、
『グレートブリテン王国こそが自分達の祖国である』
という妄執に囚われた者達の<コミュニティ>という面もあるため、その価値観を問題なく成立させるためにもロボットは役立っていると言えるだろう。
主人は『使用人を厳しく躾ける』ことができつつ、生身の人間のメイドがその被害に遭わずに済むのだから。
千堂アリシアは、内心では苦笑いも浮かべつつ、しかし表面は平静を装って、ただその様子を見守っていた。すると、
<仕事をしてないドロシーmk‐6>
がいることに気付いた娘が、
「なにこいつ? なんでぼさっとしてんの?」
と声を上げつつ近付いてきて、
「ハンナ! こいつはなに!? どうして仕事させないの!?」
迫ってきたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます