千堂アリシア、人間の心理を思う

こうして間倉井まくらい医師は、救急ヘリにより搬送され、搬送中の間倉井まくらい医師の指示の下、ニーナの出産が続けられた。


分娩が始まってから五時間が経過したものの、まだ出産は終わらない。吸引などによって出産を促すにもまだそこまで下りてきていない。


とは言え、胎児の心拍に特に異常は見られず、推移そのものは順調である。


「ニーナ、気分はどうだい。悪くないかい?」


分娩台の脇に設置されたタブレットから間倉井まくらい医師の声が聞こえてきて、


「はい、大丈夫です……!」


ニーナは応えた。正直、安吾よりも安心する。安吾のことは愛しているものの、さすがに彼は素人であるがゆえに。


アリシアも、それは察していた。安吾から得られる安心感と、間倉井まくらい医師から得られる安心感はまた別のものであると。


『人間の心理というのは本当に複雑ですね』


改めてそんなことを思う。


そしてそれは実は、間倉井まくらい医師自身もそうだった。自分ではニーナの出産と自身の大動脈解離のオペを同時に行うことについても耐えられるつもりだったが、自身のことは藤田医師に任せてしまって、自分はニーナの出産だけに気持ちを向けられていると、精神的に楽だった。


『人間ってのは、変なところでヤワなもんだよ……』


やや自嘲気味にそんなことを思ったりもしてしまう。


一方、そういう事情を知らない安吾は、身構えていたほどは緊張感もなく、甘えてくるニーナを励ましていればいいだけなので、少し気分が軽くなってきていた。この辺りは、実際に出産を行っている側と、ただそれを傍で見守っている側の認識のずれというものだろう。


ただ、だからと言ってここで気を緩めすぎると産婦の反感を買うこともあるので注意が必要かもしれない。自分が何らかの疾患で入院している時に、見舞いに来た者が、『思ったほど辛そうにしてない』というので調子に乗っていると不愉快になることがある。的な状況に近いと言えるだろうか。


特に『出産は病気じゃない』という認識からかおかしなテンションで浮かれてしまう男性もいるらしいが、気を付けた方が賢明だろう。


その点では、安吾は神妙に振る舞ってくれてはいたが。


アリシアも、そういう部分については注視していた。やたら写真撮影を始めたり、産婦が望んでもいないのに動画を撮り始めたりすれば相応の対処をしなければと考えている。


一方で、安吾がやけに自分のことを意識しているのにも気付いていた。


好意とかそういうのではないのは、分かる。それよりは困惑していると言った方が近いであろう様子であることも。


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